ゆらゆらと




 晴明神社に投げられた投書、それが何を意味するものか。それはまだ解明されていなかった。けれど、その投書が誰がしたものか、なぜそんなことをしたのか。それを調べる必要はある。ということで、学生ではあるが土御門家の当主でもある成明が、こうして毎日うろうろと晴明神社のあたりをうろついているのである。…が。

「あー、もう、どうしろってんだよーーっ!」

 あまりにも遠く感じられる出口に、自宅に帰ると第一声、成明が叫びをあげる。実家にいるときとは違ってのびのびとすることが出来る自分のアパートは、普段では考えられないくらい幸せな居場所になっている気がするようだ。

『うるさいぞ、成明。近所迷惑というものを考えろ』
「そんなこと言っても、なーんの糸口も見つからないんだぜ?」
『まぁ、確かにちと面倒になってきたな。とは言えど、そのままにしておくわけにも行くまいよ。お前、これで投げ出したら和成に何を言われるかわからぬぞ?』

 それはイヤだ、と成明は眉間に皺を寄せる。
 和成というのは成明の父である。とても厳しく、頑固な父という印象が強いため、成明にとっては最も苦手な人物。 毛嫌いするにはそれなりの理由もあるのはあるのだが、成明に聞いてもそれは絶対に言わないだろう。常に成明とともにあった晴明だけがその理由も知っている。だからこそ、こうして和成の名前を出すということもするのだ。

『成明、あれからあの文書を見たか?』
「文書?あぁ、あの投書のことか?一応見たけど、さーっぱり。あれになんかのヒントでもあるのかなぁ」
『当然だ、意味のない投書なぞする阿呆が居るか』
「わかんねーだろ、そんなの。当人には意味があっても、オレ達には何の意味もないかもしれないじゃないか。そう考えたら、それがヒントになるとは思えないぞ?」
『…お前の言うことはわからぬでもないが、当人にのみ意味があればそれがひんととやらになるのが投書ぞ。そもそも直接的に言ってこないことに既に意味があるのだから、それを元に調べるのは当然だろうが』

 そういうもんかね、と成明は起き上がる。常にふわりと浮遊している晴明は高度を下げて成明の前に向かって片膝を立てて座る。別に座る必要なんかないんじゃないか、と成明は思ったが、あえてそれは言わないことにした。

『"神の御許に舞い降りたる
逢う魔が刻の 神の御使い
ゆらゆらと 舞い降りたるは 降りし雪の如くあり
ゆらゆらと 舞い降りたるは 降りし御霊の如くあり
神の御許に影野火し"
──か。もしかしたらこの投書、敵ではないかも知れぬぞ』
「え?」
『どうもこれは敵がいるぞ、という知らせのような気がするのだ。よく見てみろ』

 晴明に言われて投書の写しを覗き込む。実体のない晴明が、扇子でその書面を指す。

『いいか、この"神"を"上"に置き換えてみろ』
「上?」
『そうだ。おれのいた時代――平安時代と言うたか、その時代は天皇―天子を"お上"と言っていた。"神"を"上"に置き換えると…』

"『上』の御許に舞い降りたる
逢う魔が刻の 『上』の御使い
ゆらゆらと 舞い降りたるは 降りし雪の如くあり
ゆらゆらと 舞い降りたるは 降りし御霊の如くあり
『上』の御許に影野火し"

「……どういう意味だ?」
『天子のもとに何かが舞い降り、その舞い降りたものはよからぬものであるということだろうよ』
「天子って…天皇?」
『そうだ。さらに、この最後"野火し"は"伸びし"と言い換える。すると影が伸びる――よからぬものが近づいている、ということだろう』
「ちょ、ちょっとまて!!」

 焦りを見せて成明が晴明に近づく。晴明はしれっとした顔でその成明を見ていた。

「ってことは、これは天皇に悪いものが近づいている、っていうことなのか?そんなものを知らせるものが晴明神社になげこまれた、ってことなのか?!」
『あくまで可能性だ。そう取ることもできる、という。そしてそんなものをこの晴明の祀られている神社に投げ込む輩といえば、敵とは考えにくいであろう?この晴明の血筋のものがことにあたるとしたら、敵にとっては厄介だと思うはずだからな』

 淡々と告げる晴明の言葉に、成明は頭を抱えた。

「なに涼しい顔で言ってんだよ、晴明っ!!俺に天皇を守れっていってんのか、この投書をした奴はっ!んなこと出来るわけねーだろーが!俺はただの大学生だっ!!」
『お前はこの晴明の血筋で、土御門家の当主、"ただの"と言うのは無理があるぞ?』

 にっこりと晴明が笑う。その笑顔はこれでもかと言うほど憎たらしいものであった。成明は頭を抱え、うめくように言葉にならない言葉を発している。そんなことが晴明に通じるわけもないのだが、うめくしか出来なかった、と言うのが正しいだろう。

『もう一つだ、成明』
「は?」
『もうひとつ、読み取ることが出来ることがある。"舞い降りたる"はおそらくその近くに現れる、ということだと思うが、何故にこうまで揶揄して表現しているのだと思う?』
「は?雪のごとく、とか御霊のごとく、とかってことか?」
『そうだ。何者かがはっきりせぬが、一つだけ思いあたることがある』

 なんだよ、と嫌そうに成明が晴明に言う。もちろんその嫌そうな表情に晴明が突っ込むことはないのだが、成明としてはそれ以上平然とした顔をすることは出来なかったのだ。

『蘇生に使う真言を覚えているか』
「蘇生?」
『もしくは霊となったものの姿を現させる呪言だ』
「"ふるべ ゆらゆらとふるべ"……!」
『何か力の強い怨霊でも復活させる気かも知れぬな……』

 そう言って、晴明は暗く瞳を落とした。その投書に書かれたものが、どれほど重いものか、それを成明は実感してきた。この世にないモノが、甦ろうとしているのか。そしてそれは天皇を狙うものだというのか。
 まだ、答えは出ていない。けれど、投書から見つけ出した足がかりは、とてつもなく重いものになっている。

「逢う魔が時の神の御使い、ってのはどういう意味なんだろうな。"上"の御使いだというなら、"上"に危害を与えるものではないんじゃないか?」
『まだわからぬ。だが、いまの"上"の御使いとは限らぬだろう。これまでの"上"の御使いだとしたら、いまの"上"を疎む畏れもある』
「やっぱり、天皇が狙われているって考えるのが妥当か――?」
『そうと決まったわけではない。帝の代はいまの天皇に続くものではあるが、当時の帝の転生したお前という可能性もある』
「は?!」

 突然の晴明の言葉に、成明はすっとんきょうな声をあげる。そういう見方も出来るということを、成明はころっと忘れていた。

『考えても見ろ、成明よ。もし何かの怨霊の類を復活させるなどという古い頭の持ち主が、現代の天皇を襲って何になる。それよりも、その当時の帝の血筋より転生したものを当時の帝と同様に恨み、嫉んで現れるとおれは思うのだが…考えられぬか?』
「ちょっと待ってくれよ、んじゃ、狙われてんのは俺ってことか?」
『その可能性も無きにしもあらん。
晴明の祀られているところに投書をしてきたものがいるくらいだ、おそらくおれの居た時代の帝の転生したもの―お前のほかにもいるだろうが、そのうちの誰かが一番危ういだろう。お前の場合はこの前のこともある、可能性は大きいな』
「…マジかよ」

 いまだ見つからない真実ではあるが、より答えが近くなってくる。その近くなってきた答えに、恐怖を感じざるをえない。
 晴明はきり、と唇を結び、成明を見ていた――







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