mistake ──グリードコーポレーションには、凄腕の暗殺者がいる。 それはその会社の裏側を知る人間だけが知る事実。表の顔は、普通のアクセサリーショップである。店の名前は『CODE』、それを経営している会社が『グリードコーポレーション』という名の会社である。 銀のアクセサリーの飾られた店は『取引場所』でもあり、『グリードコーポレーション』を知る人は必ず店を通じて『注文』をする。『注文』とは『報復』。『グリード』は暗殺さえも請け負う『報復会社』である。依頼を受ければ病院送りでも刑務所送りでも霊安室送りでも何でも請け負う。 アスカはその店の店長であり、スケジュール管理をする『グリード』の秘書である。 すらりとした長い足を惜しげなく見せて、店の奥に座るその姿はシルバーメインのアクセサリーショップにはいくらか異色に見える。けれど、その異色さが受けるのか『CODE』はそれなりの繁盛ぶりを見せていた。 「いらっしゃいませ。どういったお品物をお探しですか」 にこりと笑ってアスカが接客をしているのは、二十代前半ぐらいの男。仕事帰りに立ち寄ったのか、スーツ姿で買い物に来ていた。 ──この人は『グリード』じゃないわね。 胸の奥で思ったことを飲み込んだまま、アスカは接客をしていた。この店においていあるアクセサリーの金額はピンきりである。学生でも購入できそうなものから、シルバーに限らず高価なものまで揃えている。それも、『グリード』目的で来た客がお金を落としていくことを計算して、だ。 だからこそアスカの客を見極める目は重要だったし、『グリード』目的ならなおさら『担当者』選びの目は必要であった。 「そちらがお気に召しました? ああ、でも少しそれは高いですから……こちらなんていかがです? 似ているデザインですけれど、こちらのが少しだけお安いですよ」 出来るだけ安い方をアスカは勧める。見得のように高い物を選ばせるのはアスカは嫌いだった。だから出来るだけ安く、その人の好みに合いそうで、似合いそうなものを選ぶ。基本的に客が見ている商品より安いものを勧める、というのが『CODE』の接客としては常であった。それがかえってリピーターを増やしているという噂でもある。 ふう、とアスカが息をつく。 高校生から二、三十代ぐらいはほとんど『CODE』の客だ。それ以上になると『グリード』目的の客が多い。年齢層で大体の目安はつくものの、二十代や三十代でも依頼はある。そう考えると、客の背景を想像することが必然となり、アスカは常に気を配ることになる。 もちろん『グリード』に来る客は基本的に紹介制なので決まった『注文』の仕方ですぐにわかる。けれど、噂を聞いた程度の人は注意しなければならない。 「あの──」 「はい、いらっしゃいませ」 「あの、すみません、『グリードコーポレーション』はこちらで良いのでしょうか?」 「……何かご注文ですか?」 見た目は三十代前半といったところだろう。サラリーマン風の男性は少しおどおどしながら訊ねてきた。明らかに初めて来た人であり、紹介で来たのではない客だ。そうなると、アスカの対応方法は変わる。 『グリード』の名を『CODE』で出すというのは、冷やかしか、あるいは詳しい紹介をされずに何らかの方法で知って依頼に来た人物かのどちらかが大半である。アスカはその依頼内容を聞いて、依頼者に緘口令を敷くことが仕事である。警察沙汰になるのはお互いごめんだということをしっかりと叩き込んで。 こちらへどうぞ、と奥にあるブースに案内する。その間、店内はアルバイトが一人、接客に残っている。もちろん、このアルバイトも『CODE』の店員であり『グリード』のアルバイトだ。 「タスク、お願いね」 「うぃっす」 ブースから顔を出したアスカが言うと、ひらひらと手を振ってタスクと呼ばれた男がアスカを見送った。 タスクはどちらかと言うと強面で屈強な体格をした男で『グリード』で働くにはいかにも過ぎるタイプだ。そういったいかにも、なタイプはいかにもな仕事につくことは無い。それは『グリード』の特色でもある。 「失礼いたしました。『グリード』にはどういったご注文を?」 「──その、ここにはすごい、その殺し屋がいると……」 「まあ! なんですか、それは。どなたからのお話でしょう。殺し屋などとなんて恐ろしい……」 アスカはそれはそれは怖いものを聞いたかのように怯えて見せる。それが本当に怯えている姿に見えてしまうのは、アスカの華奢な雰囲気のせいだろう。大人っぽくみえる女性ではあるけれど、線が細く、およそ殺人などとは無縁に見えるタイプの女なだけに、その裏の顔は相当恐ろしいものだけれども、それに気付くのはほんの一部の人間だ。 まあ、それに気付けるようであれば『グリード』で働くことも出来るのだろうが。 「あの、聞いた話なので僕もよくは知らないのですけれど……ただ、ここで頼むと良いと言われて……」 「そうですか……。……ランクのお話は聞いていらっしゃいますか?」 「はい」 「担当については」 「聞いています」 それを聞いたアスカはふむ、と頷いた。ペンを手にして、手元の手帳にメモを書き始める。男の風体などを書き記していた。 ランク、担当を聞いているとすれば、紹介はされていなくても話としては一応聞いているのだろう。いきなり殺し屋などというバカな単語を言い出したのだけはひっぱたきたいくらいだが。出来ればこの男に話を聞かせたという人間を割り出して、もう一度緘口令を敷いたほうが良いだろうか、などと考えていた。 「お名前をいただけますでしょうか」 「須崎 裕允(ひろよし)です」 「先にお伺いしますが、ご希望のランク、担当者はいらっしゃいます?」 「……あの」 はい、とアスカが答えると、須崎は首を傾げた。 目の前にいるこの美女が『グリードコーポレーション』の人なのか、と。 けれどそれはうまく口に出すことも出来ず、おどおどと言葉を濁すだけで終わる。もちろん、それを見て相手をしているアスカはおっとりとした表情で彼の言葉を待っていたが、内心は相当イラついている。顔に出さないのも彼女の仕事で、彼女の得意とするところでもある。あまり敵に回したくない女の一人だった。 「何か、お聞きしたいことがございましたらおっしゃってくださいね」 「あ、いえ、その……担当、という方は……」 「担当は直接お会いすることは滅多にありません。もし必要な場合は私の方からご連絡をさせていただいております。ご依頼内容によってはランク、担当はご希望に添えない場合がございますので、ご了承いただきます」 「はい」 「料金は成功報酬とさせていただいております。ご希望のランクによって料金が変わりますので、ある程度は先に提示させていただきますが、かかった日数、相手、その他経費などで前後することがあります。それからお支払いはすべて現金でのお支払いをお願いしています。まあ、相手が『グリード』であれば、滞納したり踏み倒そうとするような方はいらっしゃいませんけれども、もしそうなれば依頼と同等ランクの報復があると思っていただいてかまいません」 にこやかに、さわやかに微笑んでアスカが言うが、決してそれは笑える内容ではなかった。滞納でもしようものならやってくれと言ったことと同等のことを自分がされるのだ。もしも『暗殺』を依頼していたならば、自分も殺される危険があると言うこと。 『グリード』としても、それだけ相手に危険を負わせるために自分もリスクを払うのだ、ということを依頼者にも忘れられては困るのだ。金ですべてを片付ける、というのはあまりよくは見えないけれども、ただのいじめ程度に考えられては困る。人を傷つけることが、どれだけ大きなことかを知っていてもらわなければいけないのだから。 だから依頼者には莫大な金額を要求する。そして成功後、お金が払えないならば己の身をもってその危険の程度を知ってもらう。 ただし、もし依頼者が罪の意識に苛んでいっそ支払わずに殺されてしまいたい、と思うような相手だったならば、同等ランクの報復はしない。死にたいと願う人を殺すほど『グリード』は親切ではない。当然、『正常』のまま生きてもらう。その罪の意識とともに。恐怖とともに。 「──では、もう一度お伺いしてもよろしいでしょうか。ご希望のランクと、担当者はいますか?」 「……ランクは"レベルC2"、担当は"喜一"で」 「……レベルC2で、喜一ですか?」 「はい」 思わずアスカは眉間に皺を寄せた。レベルCというのは言ってみれば中ランク。けれど2をつけたと言うことは、精神的報復、トータルして入院数か月、というところ。まあ、普通のサラリーマンで一番多いあたりだろう。それでも精神的報復というのは珍しいが。 けれど、アスカが驚いたのはそこではない。喜一だと言われたことだ。担当の名前はすべて『コードネーム』である。だから苗字は無い。だから『担当』ではなく『コード』と呼ぶこともある。 そしてそのコード"喜一"というのは、『グリード』いちのアサシン。そう、須崎の言う『殺し屋』そのものだ。だからコードを知っている人間だと言うのに、その喜一に殺しではなくてレベルCの依頼というのがアスカを驚かせた。 もちろん、レベルCでも料金はン十万は超える。それをこの三十代ぐらいのサラリーマンは依頼しようというのにも関わらず、喜一を選んだ。担当を喜一にするというなら、それだけで料金は跳ね上がる。 「では、依頼理由、相手、依頼したい最低事項など、こちらに記入いただけますか。担当者の確認をしますので」 「"喜一"以外でしたら結構です」 「……喜一でないと依頼しない、ということですか?」 「はい」 「わかりました。では、こちらを」 そう言ってアスカが紙とペンを渡す。ちらりと須崎を見てから、アスカは席をはずした。 ──いったい、どういうつもりだろうか。 喜一を知っているなら、『グリード』のこともそれほど知らない人間ではないだろう。けれど喜一をレベルCで依頼するなどありえないとも思えた。喜一を指名するのは結構なバックボーンのある小金持ち以上であり、レベルAからSP以外は滅多に見ることはないのだ。 けれどもあの依頼者は喜一以外なら依頼しない。ならばレベルCでも喜一を当てるべきか……。 最初はおどおどとした印象が強かったのだが、喜一の名を出した時に須崎は落ち着いていた。いや、何の戸惑いさえも見せなかったのだ。それがどこか──気になる。 依頼書を見なければわからないかもしれない、そう思ったアスカは手帳を開く。 実際、手帳の中の喜一の予定は結構詰まっている。さすがに殺しまではあまりなくとも、病院送りは結構多い。事件になり難いからだろうか。もちろん殺しは無くても喜一に依頼は少なくは無い。『グリード』いちのアサシンは殺人以外でもその手腕は見事なのだ。『グリード』もそれほど人員が多いわけではないし、レベルどうこうで『社員』をあそばせておく理由はない。 「……喜一? ちょっと聞きたいのだけど」 『アレ、アスカちゃんじゃない。何、次の仕事? 俺、しばらくはいっぱいだったはずだけど』 いっぱいに予定が入ってるはず、と言いながらも電話の向こうは騒がしい。またパチンコか。 はあ、とため息をついてからアスカは喜一に内容を話す。依頼内容はまだはっきりしていないが、と。 『へー、変わってるね。アスカちゃんから押し付けられたDとかはよくあるけど』 「押し付けるって人聞きが悪いわね。それも仕事よ。一週間で病院送り、全治三ヶ月ってとこでどう?」 『ってそれ、コード2だろー? 俺には向いてないと思うんだよねぇ』 「じゃあ、問題ないってことで、あとで詳しいことはまた連絡するわ」 ぷち、と携帯の通話を切る。喜一の愚痴は聞いていると長いのだ。十分にアスカはそれを経験しているので、問答無用でケータイを切った。するとすぐに喜一から電話が入る。須崎の所に戻ろうとしていたのだが、アスカはすぐに携帯を取った。 「何よ」 『何っていきなり切るからー』 「用件は済んだのよ、レベルC2で一週間、お願いね」 『って言うかそれ以外の内容は?』 「まだよ、今から。依頼者の名前しか知らないわ。須崎裕允って言ってたけど、喜一、知ってる?」 『……須崎? 知らないなぁ……多分』 聞いた自分がバカだった、とアスカは思った。基本的に喜一は人の名前を覚えていない。同じ『グリード』の人間でもアスカはともかく、タスクのことは覚えていないだろう。少し前に一度二人を組ませたことがあったが、おそらくそれも記憶の彼方だ。 『……ちょっとまって、もしかして』 「何」 『アスカちゃん、それ、オレやるから。内容見て依頼切らないで』 突然はっきりとした口調で言ってから、喜一は電話を切っていた。アスカは首を傾げたが、仕事をしてくれるのならば問題は何もない、と気にもとめなかった。 それから一週間後。病院のベッドに横たわっているのは喜一だった。 「このバカ」 「えー、オレがバカ?」 「あんた以外に誰がいるのよ」 この病院でも、長い細い足を惜しげもなく投げ出して椅子に座っているアスカは、怒っていた。喜一は困った顔をしながらも笑っている。 「そんな裏のある依頼ならちゃんとこっちにも連絡いれなさいよ」 「だって、一応オレの仕事だし」 へら、と喜一は笑う。 須崎裕允というのは喜一の知り合いだったらしい。けれどそれはすでに故人であり、依頼者は須崎裕允の名を騙った人であった。その名を騙った男は現在留置所にいる。もちろんそうしたのは喜一だが、喜一は喜一で怪我を負って入院中。 裕允の名を騙った男は喜一に依頼を持って来ることにより、喜一との接触を試みた。けれど裕允が故人であることを喜一は知っているから、早々喜一が引っかかるはずもない。喜一に依頼をしてきた男が何をしたかったのかと聞くと、『殺し屋を殺してみたかった』と言う。頭がおかしいとしか思えない。たとえ同業者でもそこは暗黙の了解で手出しをしないものなのに。 「それにしても世も末だよねー。殺し屋を殺したいなんてさ」 「あんたみたいに頭のおかしい人が多いのよ」 「うわ、酷い。入院してるんだから労わってよ、少しは」 「無理ね。あんたが入院なんてしるから仕事がたまってるのよ。退院したら目一杯働いてもらうから覚悟しておいてちょうだい」 「やっぱり世も末だねぇ……うちの仕事がめいっぱいたまるほど、みんな辛いんだから」 苦く笑った喜一に、そうね、とアスカは短く答えた。 人が人を恨むばかりで、何も見出せるものは無いのに。それをわかっていても恨むからこの仕事が成り立ってはいるのだけれども、それはそれでどこか悪いことのように思えてしまう。 ──喜一がコンビを組む、数ヶ月前の出来事である。 |