探し物 2





 秋陽がどこかへ消えてしまった。先見の力を持つ者でも、自分のことは占えないのが常。言ってみれば一般常識みたいなもの。この頭上でふわふわしてる晴明だって、自分の事は占えない。

『おい、成明』
「なんだよ」

 いくらか不機嫌な声で答える。晴明はすでに霊体のみで、肉体を持っていない。だからこそ力を使えない。
 陰陽の力がどれほど強くても、肉体という媒介がなければこの世界に干渉できないらしい。とはいっても、もともと強い力の持ち主だったからか、"視る"力は結構使えるらしいが。…ってことで、直接怨霊を退治するのは生きてる人間、つまりは俺に回ってくる。

『"白霧の間"のこと、わかっておろうな?』
「え〜っと……」
『…まさか、忘れてるのか?』

 う〜ん…なんだったっけ…。知っていたような気がするんだけど、それが何か思い出せない。

『お前、本当に阿呆だな…・』

 しみじみと晴明が言う。うるさい、そんなことホントは憶える必要もないんだ。俺が晴明の子孫になんて生まれなかったら必要ないことなんだ。

『良いか、成明。“白霧の間”と言うのは先見の者が儀式として先見を行うときに使う場だ。通常先見の物見は感覚的に突然起きる。だが、儀式として必要な時は別だ。"白霧の間"は先見の力を増加させる霊場だ。おそらく秋陽はよほど重大な先見の走りを見たのであろうな』
「重大ってなんだよ」
『それはわからぬ。
しかもおぬしに何も言わずに行ったくらいだ、賀茂家の者に連れ去られるように行ったのだろう』

 何がなんだかわからない。先見の力を持った秋陽が、何で家の者に連れ去られなきゃならない?秋陽の力を大切にするはずの家がなぜ連れ去るんだ。しかも、秋陽は俺に何も残さなかった。式神すら送らなかった。保憲が樹に残さなかったら秋陽の行方はまったく調べようもなかったかもしれない。

「で、晴明。その"白霧の間"ってどこにあるんだ?」
『…そっ、それもわからぬのか?!』
「忘れた」
『この…バカっ!!! お前、仮にも秋陽と付きおうているのであれば、それくらい憶えておけ!忘れても思い出せ!!』
「無茶言うな!忘れたのを思い出せるんなら最初っから忘れねえよ!!」

 はぁ、と晴明がため息をつく。くっそ、幽霊のくせにため息なんかつきやがって。そもそも覚えなくてもいいようなことまで覚えなきゃならないんだ。そんなに容量でかくねえっての。
  言い争いをしながらも、俺と晴明は秋陽のいる"白霧の間"に向かった。足を進めるごとにそこに近づいているのがわかる。霊場と晴明が言ったのがわかる。気がどんどん透き通るようにクリアになっていく。

「晴明、もう着くけど…俺たちは入れるのか?」
『ほう、思い出したのか?』
「んなわけないだろ」
『気を読んだか…。まぁ良しとしよう。霊場には我らは入れぬ。そもそも賀茂家の霊場だ、安倍家の我らは特に入れぬだろうな』
「なんだよ、それ?」

 賀茂家だとか、安倍家だとか。霊場だから入れない、って言うのはなんとなくわかる。うちだって、俺以外…というか、当主以外入れない霊場を持っている。…欲しくないけど。
だけど、その"家"というのがよくわからない。

『仕方ないのだ、おれは賀茂忠行どのに陰陽道を説いてもらい、保憲どのはおれの兄弟子にあたる。おれと保憲どのはそれなりに付きおうていたが、その子供たちがな。保憲どのの弟、保胤(やすたね)どのはおれを嫌っていたし、保憲どのの息子たちもそれを受けていた。そのうえおれの息子の吉平と吉昌は力は結構あったのでな。それなりの諍いもあったようだ』
「なんか…めんどくさいんだな…」
『ふふん、安倍家と賀茂家の諍いなど可愛いものよ。あの時代は家督争いなんかは日常茶飯事、それどころかどうやって身分を高めるか、そんなことばかりだ。貴族は絢爛豪華に着飾っていたが、貴族ほど欲深なものはいなかったぞ』

 平安時代って、何気に大変だったんだ…。っていうか、考えただけでも俺には無理な世界だ。雅だかなんだか知らないけど、和歌をいくつも覚えたり、楽器を覚えたり、仕事もやって、占いをみて…挙句の果てには出世のために媚びへつらう。あぁぁ、冗談じゃない。
 でもよく考えれば、晴明ってやっぱり凄いんだろうな。和歌を諳んじて、音楽も出来て、娯楽ものもできて、陰陽術を覚えて…まぁ、出世のために媚びへつらったりはしなそうだけど。…いや、媚びへつらわなくても、宮廷陰陽師だったんだから勝手に持ち上げられるか。

『成明、ついたぞ。秋陽は…ここにいるはずだ』

 着いた先はうっそうとした森の入り口。その森を境に、その奥では霧が立ち込めて何も見えない。
こんな霧は見たことがなかった。自分のいるところには霧が出ていない。その森の中だけみたいだ。

『ここから先は賀茂家の結界が張られている。それ故に霧が立ち込めているのだ』
「いま…儀式をやってるんだな」
『…おそらく』

 その儀式がどんなものかなんてわからない。重要なものかどうかも知らない。でも、今の時代は晴明のいたころのような陰陽師としての必要性は高くない。まして、秋陽は陰陽術の力はあまりない。

『ここまで来たはいいが…どうしたものかな』
「おい、このままじゃ俺たちは入れないんだろ?」
『ああ、入れぬ。入れば四肢がちぎられるであろうな』

 ぞっとする。四肢がちぎれるって…。あぁぁ…もうなんでこの21世紀にそんな映画みたいな話が身近にあるんだーー!!とは思うけど、ふと思ったことがある。

「でもさ、晴明?」
『なんだ?』
「賀茂家の儀式なんだろ?」
『そうだ』
「だったら、秋陽の家とかのことだろ?別に、大変なことってないんじゃないのか?」
『おぬし…今まで何のために秋陽を探してたんだ?』

 呆れたような口調で晴明が言う。今までって…なんか、探さなきゃいけないような気がして…連れ去られたのかと思ってたから。だけど、言ってみれば家の用事、ってことだろう?

『確かに、賀茂家の用事に他ならぬ。おれが秋陽に用があるといったのを覚えているか?』
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。用ってなんなんだよ?」
『おれが用があったのは占いの事だ。占者は自分の事は占えぬ。おれの占いに凶相が出たのだ。 それは秋陽のことか、保憲どののことか、正確にはわからぬ。思い当たることがないか聞こうと思うたのだが…少し遅かったようだな…』

 …と、いうことは。

「晴明、何か起きるのがわかってたのか?!」
『当然だ』
「だったら早く言えよ!!」
『おぬしが調伏に手間取っていたせいだろうが。あれくらい一発でしとめてもらわねばな』

 やっぱり憎ったらしい奴だ。でも、晴明は憎たらしいことを言いながらも、俺と秋陽を守ってくれてる。それはわかってる。だから、こうして文句を言い合いながら過ごしてる。

『とにかく、これより奥には入れぬ。このまま待つか、秋陽から連絡が来るのを待つしかあるまい』

  どうしよう。ここは秋陽の家の霊場だ。俺が足を踏み込めば、式神たちが一気に襲ってくるだろう。秋陽に危険があるのかどうか。それすらもわからない。中がどうなっているのかまったくわからないのだから。

『とりあえず、秋陽は無事だろう。儀式が終わるまでは出られぬだろうがな』
「晴明、結界を崩す方法はあるのか?」
『……ないこともない。が、まだ成明には無理だ。負担が大きすぎる』

 負担…自分の力に見合わないことをすれば大きな負担がかかる。それもわかるけど…。
 どうすればいい。

「秋陽に危険はないか?」
『おそらく、大丈夫だろう。秋陽に何かありそうなときは、保憲どのが守るはずだ。"白霧の間"は不可侵の聖域、そこに張られた結界を崩すというのは命を捨てるくらいの覚悟は必要ぞ。成明、ここに式神を配しておけ。十二神将のものだぞ。精霊では力が足りぬ』
「…わかった」

 十二神将の一人を配する。もともとこの十二神将は鬼の眷属。晴明の力を持ってして配下にした。俺の力じゃこんなことできるはずもないけど、十二神将たちにはわかっている。
 ─ここに晴明がいることを。

『よし、成明、一度戻れ』
「どうするつもりだ?」
『このままこうしていても埒があかぬ。一度戻り、秋陽の身の回りのことを少し調べるのだな。何かわかるやも知れぬぞ』

 たしかに、秋陽の身の回りのことを調べていけば賀茂家の動きもわかるかもしれない。俺がここにいても実際、何もできそうにない。秋陽がどうなってるのか気にはなるけど…。

「わかった、行こう」

 晴明にそう言って、その森の前から離れた。目の前に"白霧の間"があって、何かが起きそうだというのに、俺は何もできない。俺の持っている陰陽師の力は現代の陰陽師の中で一番強いと言われてる。それでも俺の力では足りない。
 霊場とはその地だけでも力が充満している。そこに賀茂家の力が加えられたら…とてもじゃないけど太刀打ちできないだろう。

『成明、秋陽は大丈夫だ』
「ああ…」

 秋陽の行方はわかったものの、何が起きてるのかまでつかむことは出来なかった。まずは戻って、秋陽の家に行ってみようか―――。






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