7:計画






 朝起きて、仕事に行って、夜に帰宅、そしてのんびりして眠る。ほぼ決まったサイクルではあるけれども、仕事や学校があれば誰でもそういったサイクルはあるだろう。
 ただ、それは拘束時間がほぼ決まっている場合、である。
 そして彼は、その例に当てはまらない。

「……眠ぅ」

 ぼけっとした顔をして起き出した龍二は、目をこすりながらベッドから立ち上がる。2DKのそれなりの部屋。独身で都区内で珍しいとも思われやすいが、彼の同業者で、彼と同じぐらいの収入がある人ならばそれほど珍しくもない。
 一方の部屋は、仕事部屋とまではいかないけれども、大量の『完パケ』と呼ばれる、非売品商品や台本が山積みだ。彼のファンなどがその部屋を見たら宝物庫と呼ばれるかもしれない。見られる可能性はほぼ皆無だが。
 そしてもう一方の部屋は、彼が日常的に使っている部屋。ある意味、1DKとしてしか機能していないともいえるのが、龍二の住むマンションだった。
 寝起きのぼんやりした顔で、とりあえずファックスをチェックし、特に来ていないことを確認してから、顔を洗い、歯を磨く。そして部屋に戻ってすぐに携帯電話をチェック。事務所からの連絡などが入っていることもあるので、そのチェックは重要だ。
 時計をちらりと見ると、すでに昼時であった。

「……ヤベ、ちょっと寝すぎたかな」

 がしがしと頭をかいて、シャワーを浴びに風呂場へと向かった。
 今日は二本ほど録りの予定が入っている。一本は三時から、レギュラーの三十分ものなので大体二時間ぐらい。もう一本は八時開始。これもまた同じようなものなので、やはり二時間程度で済むだろうと見ている。間に空く三時間は、まあ、本当に三時間空くかどうかわからないし、適当に買い物にでも行こうか、などと考えている。
 シャワーを浴びて、着替えも済ませた龍二は、スタジオに行くには早い時間にマンションを出た。一度事務所に寄って、台本やビデオなどを回収してくるのだ。毎日事務所に行くわけではないので、時間が出来たときにある程度行くようにしないと、台本やサンプルビデオなどが大量に溜まってしまう。本番までに読み込まなければならないというのに、それを怠ると大変なことになってしまうのだ。

「おはよーございまーす」

 新宿のとあるビルにある事務所に入って龍二が挨拶すると、元気よく「おはようございまーす!」と返事が返って来る。

「あ、おはようございます、マサさん」
「おはよーっす。事務所で滝ちゃんに会うのって珍しいね。今日はオフ?」
「違うよ! これからだもん、ただスタジオがここなだけで」
「そうなんだ、いいなあ、移動がなくて」
「でもここ終わったら吉祥寺行くけど?」
「頑張れファイト」
「何ソレ!」

 事務所の場所が新宿なだけに、激しく不便な場所というのはあまりない。が、駅からスタジオが遠い場合もあるので、移動にかける時間の計算は重要だったりするのだ。ちなみに、移動で遅刻など少ないことではない。一応、移動までも計算してスケジュールは立てるのだが、さすがに読みきるのは難しい。

「ま、営業さんと同じだからねえ。マサさんは何時から? どこでやるの?」
「オレは三時から。目黒」
「目黒か、なら近いから良いじゃない」
「目黒は良いんだけどね、八時からの渋谷がヤバイ。クルーズスタジオ」
「あはは、頑張れファイト!」

 最寄り駅から徒歩二十分。ちょっとばかり不便なのだ。龍二は歩くことはそれほど嫌いではない。むしろ好きなほうではある。だが夜からなだけに、人も増える。歩いて行くにも、タクシーで行くにも、駅のあたりは大変な混雑になるだけに、時間がそれ以上かかる可能性があるのだ。つまり測りにくい。

「ま、慣れたもんでしょ」
「まあね」

 ちょっとばかり面倒なだけだ。なんてことを言っていたら、この仕事やっていけないけれども。
 スタッフから台本を数冊、ビデオテープを数本、それからMDを受け取り、龍二は事務所をあとにした。それだけの数を持てば、それなりの重量になる。だから基本的に事務所に寄るのは仕事あと、もしくは車で来たときにするのだが、この日の夜は遅くなってしまうし、明日も収録予定が入っているので、うまく時間が取れるかは難しいところだ。重くても我慢するしかない。
 電車に乗って、まずは目黒。最初の現場では、楠原も来る予定だ。
 電車を降りてすぐ、龍二のポケットに入れていた携帯電話がぶるぶると震えだす。驚いて龍二が携帯電話を手に取ると、メール着信を知らせていた。

『件名:お疲れ!
 おつかれさーん。あなたのクッシーです。
 もう目黒着いた?
 スタジオでマサ待ち中です。
 予定立てるんだから早く来−い!!』

 メールを見て、思わず龍二はぷっと笑う。いつもながらテンションの高いやつだ、と思いつつも、龍二もまた同じようなテンションのメールを返した。

『件名:Re:お疲れ!
 お疲れ〜。
 到着早ッ! 現在駅、まもなく到着〜』

 とりあえず、少し早めに来たのはそのためだ。収録予定のために取っている時間は三時からだが、現在二時。楠原もそのくらいには来ることが出来るということだったので、合流時間を二時ぐらいに設定していたのだ。

「おはようございます」
「おはようございまーす」
「来た来た。マサ、おはよー!」
「あ、おはよう、クッシー。悪いね、早めに来てもらっちゃって」

 スタジオに到着してすぐ、待ってました! といわんばかりの状態で楠原が龍二に近づいてきた。
 この現場のあとは、龍二はしばらく時間が空くので収録後でも良かったのだが、この現場の前もあともさほどゆとりなく楠原のスケジュールが埋まっていたのだ。そうなると、少しでも余裕があるという収録前に話すことしか出来ない。
 ということで、この日すこし早めにスタジオ入り……といっても、ロビーで待機の様相だが。

「で、どうするの?」
「どうするのって言われてもな〜、そういうセッティングはクッシーのが得意じゃん。だから相談しようと思ったんだけど」
「まあ、それは確かに正しい人選をしたと思うけどね。っていうか、飲み会にするの?」
「その方が良いでしょ、まだオレたちだってろくに知らないんだし。遊ぼうって言ったって、何が好きか全然知らないじゃん。それにさ、クッシー、覚えてないの? この間、自己紹介の時に一応ツッコまないで置いたけど『知人』って言ってたんだよ? ここはなんとかして『友達』にしてもらわないと」

 そう、相談とは他の誰でもない、ゆきを連れ出すための相談だ。
 先日の飲み会──とはいえども、ゆきは偶然合流したのだが──で、龍二と楠原が他の仲間たちに『友達』と紹介したゆきは、自己紹介をするときに『知人』と言ったのだ。
 まあ、現実に『友達』と呼ぶには日も時間も浅いかもしれない。それは龍二もわかっているのだが、面と向かって『知人』と呼ばれるのは、少しばかり寂しい気持ちになってしまうものだ。ただでさえ、龍二や楠原は『友達』と紹介しているし、本人たちは『友達』のつもりであるからこそ。
 そのゆきの引いた見えない線は、『友達』にもなってもらえないのだろうか、と思えてしまうところはあるのだが、だからといって、龍二はそこでおとなしくしてはいられなかった。
 帰り際に、ゆきから来たメールでは『何か機会があったら』と書いてあったのだ。受身でいたら、決して次の機会など無いに等しいだろう。だから『機会』を作る。そう考えて、龍二は即座に楠原に相談することにした。

「まあ、確かに知り合ったばっかりだしね、しょうがないってのもわかるけど……ちょっと寂しいじゃん」
「うーん、確かに。っていうか、俺からしてみたら、マサがそーやって言うほうが珍しいと思うけど」
「え、オレ?」
「だってマサ、遊びに行くのとか結構好きだけど、去るもの追わずなところあるじゃん」
「そーでもないけど」
「そーかぁ? っていうか、本当に会って間もないってのに、マサが気にかけてるってのも気になるかな」

 にしし、と楠原が意地悪く笑うと、龍二はなんだよ、と軽く睨んだ。
 確かに、言われて見ればそうかもしれない、と一瞬龍二は考えた。なぜそこまで彼女を誘って『機会』を作ろうとしているのだろう? この間の飲み会でも、不機嫌な顔になって帰ろうとしている彼女を、なんとか誘い込もうなんてことをしたのは何でだろう?
 考えてはみたものの、その理由は思い当たることはなかった。

「でもさ、せっかく知り合いになったんだし」
「まあね。ゆきちゃん可愛いし、一緒に呑めるなら大歓迎だけどさ」
「だろ。クッシーこそ、ゆきちゃん見つけると突撃かけるじゃん」
「突撃って人聞き悪い。お誘いしてるだけだって。でもさー、ゆきちゃん、普通に誘って来てくれるかなあ」
「予定が入ってなければ来るんじゃない?」
「あ、ゆきちゃんの友達とか一緒に連れてきてもらうとかってどう?」

 楠原が言いたいのは、いわゆる『合コン』だ。それには、龍二は複雑な表情をした。別に合コンをするのはかまわないが、それに参加はしたくないし、合コンという言い方では、ゆきちゃんはよけいに来ない可能性が高いのではないかと思われる。
 龍二自身、合コンはあまり好きとは言えないし、ゆきがそういうのに出てくるとも思えなかったのだ。むしろ苦手、いや下手をすれば嫌悪しそう、と。

「合コンはナシ。オレ苦手だし、ゆきちゃんも苦手そうだから」
「うーん、でも、友達連れて、なら少しは気楽になるんじゃない?」
「それはあるかもしれないなあ……じゃ、友達も誘ってみたら、と軽く言うぐらいにしておこう。クッシー、合コンなんて口が裂けても言うなよ」
「は? 俺が言うわけないじゃん。だって連絡するのマサだし」
「え、オレ?」

 きょとん、と龍二は目を見開いた。別にそれに異論があるわけではないが、自分が連絡するとは思ってもいなかった、というところである。
 そんなことを思っている龍二を見て、楠原は当たり前だろう、と笑った。

「そもそも誘いたいのはマサじゃん」
「なんかさっきから気になるなあ。そんなこと言って、クッシーは行きたくないわけ?」
「そういう意味じゃないって。でもこの話を出したのはマサなんだから、マサが誘うのが普通だろ」

 確かにそういわれればそうかもしれない、とも思えるが、これまで飲み会などでの幹事役は基本的に龍二よりも楠原の方が多かったため、自分から声をかける意識がなかったのだ。だから自然と、龍二は楠原が号令をかけてくれる、と思っていたのかもしれない。

「あれ、ふたりともずいぶん早いんだね。おはよーございまーす」
「あ、玲くん。おはよう」
「おはようございまーす」

 龍二と楠原が言い合っている間に近づいてきた人物が、にこりと笑って彼らに挨拶をした。彼もまた同業者、このあと龍二たちと同じスタジオに入ることになる人物である。
 少しつりあがった目と、真っ黒な髪が印象に強い彼は瀬田玲(せた あきら)という。彼は龍二よりも二歳ほど年上だが、この業界に入ったのは玲の方が少しだけあとになるために、龍二のほうが少し先輩だ。
 この業界は、先輩後輩という姿勢は強い。だから龍二は年下だが「玲くん」と呼ぶし、玲は「真幸くん」と呼ぶ。対して、楠原は「瀬田さん」と呼ぶし、玲は「楠原くん」と呼ぶ。楠原は真幸と同じ養成所出身とは言えども、その後別の養成所に移ったりしていてデビュー自体が少し遅いため、玲は先輩なのだ。
 そして実際の人気のほどは、龍二と玲の良い勝負、というところだろうか。龍二はやわらかめの声から、悪役まで演じるけれども、大人な役が多い。柔らかめな声は出るけれども、少年的な声には少し硬めである。それに対して、玲は少年から少し若い青年までを演じることが多い。龍二よりも、いくらか声が高めで、柔らかい。低めの声を作って青年を演じることも多くなっているが、硬さの面では龍二のが上だろう。

「瀬田さんこそ早いですねー」
「うん、今日は朝イチのあとがコレだったから、ちょっとゆとりがあったんだ。楠原くんと真幸くんが一緒にいるってことは、また飲み会の予定立ててるの?」
「玲くん、それなんか偏見じゃない?」
「そうかなあ?」

 くすくすと笑って玲が言うと、偏見だって、と龍二がツッコミをいれた。別に龍二と楠原が揃うといつも飲み会の話をしているわけではないのだが、どうもこの二人が揃うと「夜」、というか「居酒屋」の印象が強いらしい。

「でもま、実際のところ飲み会の予定を相談してたんだけどさ」
「やっぱりそうなんじゃん!」
「そうだ、瀬田さんも一緒にどうです? まだ日にち決まってないんですけど、俺とマサの友達呼ぶ予定で」
「え、いいよ、遠慮しとく」

 楠原と玲もそれなりに話をすることはあっても、なかなか一緒に飲みに行ったりなどしたことのない相手だ。楠原としては、機会があればぜひ一緒に行きたい、と思っている相手である。
 だが、楠原の誘いはあっけなく、さらりとさくっとお断りされてしまった。

「ダメですかー? まだ予定決まってないから、瀬田さんの予定ともあわせて決めますよぉ〜。だから一回ぐらい、一度でいいから、一緒に行きましょうよぉ〜」
「いやでも、ぼくお酒呑まないから」

 にっこりと玲が笑うと、龍二は苦く笑った。
 年齢も近いし、それなりに同じ番組にも出ているし、それなりに顔見知りではある。けれど玲はみごとにあっさりとお断りした。
 現実として、楠原よりは、龍二の方が玲とは親しい。だが、その龍二もまた、玲とはあまり飲みに行ったりすることはないのだ。原因は、玲が酒を呑まないこと、そしてそういう『付き合い』ということをするのが苦手ということ。
 それでも新人の頃は先輩に言われるとなかなか断れなかったりもしていたのだが、今では『瀬田玲』というキャラクターが確立されているので、彼がそういったものに付き合わないというのが定着してきている。逆に付き合ってくれたらすごいこと、と言われているくらいだ。

「まあ、無理にとは言わないけど、本当によかったらどう?」
「いいよ、ぼく知らない人でしょ?」
「まあ、そうだけど。っていうかオレたちも微妙に知らないに近いし」
「何ソレ?」

 きょとん、と玲が目を丸くして聞くと、龍二は苦く笑ってゆきのことを説明した。偶然飲み屋で会ったこと、そのあとまた偶然が繰り返されていること、前回偶然会った時には、打ち入りに合流させてしまったこと。
 それをすべて言うと、玲はへえ、と面白そうな顔をした。

「その子、ファンとかじゃないの?」
「違う違う、っていうか全然知らない。今度映画とか調べてみるって言ってくれてたけど」
「そうなんだ。まあ、だからこそ真幸くんも呑みに誘ったりするんだろうけど」

 全員がそうとは限らないけれど、メリットを考えてお近づきになろうとするファンというのは、存在する。それは俳優、歌手と同様に、声優にだってそういうファンはいるのだ、残念ながら。
 だからもちろん、そういう仕事をしている限り、やはり警戒はしてしまう。実際、最初の時にゆきが全く知らないことに気づいたとき、龍二はほっとしていたところはある。ファンの中でもいい子はいるかもしれないけれども、警戒しないわけにはいかないのだ。こういう仕事をしている限りは。

「瀬田さーん、ね、せっかくですから、一緒に!」
「だーかーらー、ぼくはお酒呑まないから行かないってば」
「いいじゃないですか、別に呑まなくてもいいですよ、一緒にご飯しましょうよー」
「こらこら、クッシー、しつこいと玲くんに嫌われるよ?」
「え、それはやだ。瀬田さん、嫌わないでくださいね、俺瀬田さん大好きなんだからっ」
「ぼく、そういう趣味はないから」
「そうじゃないーっ!!」

 さらりと玲が言うと、龍二は声をあげて笑い出した。楠原は必死で玲を口説いている。が、玲はこれまた、頑固というか、譲らない人間で、結局収録前の時間の間に、口説き落とすことは出来なかった。
 というよりも、予定さえまともに決められなかったが。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 とりあえず、不機嫌だった。
 ここ数日のゆきは、日々不機嫌に過ごしている。
 その理由は明白だ。前回の、あの歓迎会のことである。
 歓迎会を途中で抜けて、同じ店の別の座敷で龍二たちと呑んでいたゆきを、残念ながら坂上に知られていたのだ。別にゆきとしてはどうでも良かった。龍二に言ったとおり、予定があったので、と言ってしまえばそれで十分だった。
 ただ、それは『聞かれれば』の話である。
 休み明けに仕事に出てきて、ゆきに対して先日の飲み会のあとのことを聞いてくるような人はいない。まあ、それはゆきの想定内であったし、もし知られていたとしても、直接は言ってこないだろうな、と思っていたので、想像と同じだっただけ、である。
 だが、ゆきは不機嫌な日々を送っている。
 そう、坂上や彼女と仲の良い同僚が、ひそひそとゆきを見てはひたすら何かを言っている。ここ数日、ずっとだ。
 言いたいことがあるなら直接言ってくればいいのに、とゆきも思うが、わざわざ自分から聞いてやるようなことはしない。もし直接ゆきが自ら聞けば、そのひそひそ話の不快感はなくなるかもしれない。が、ひそひそではなく、大きな声でごちゃごちゃとしゃべりだすのが想像できる。
 話すことの不快、話さないことの不快。
 何をしても不快になるのならば、わざわざ坂上と話をしたいとは思えなかった。
 そして現在、この瞬間も、坂上は隣の席の同僚とこそこそ話をしている。時折二人がちらりとゆきを見るので、またもこの間会った人物をネタにして話しているのだろう。

(……どこまでも失礼なヤツ)

 今更、坂上が不快を与える人間だからといって、どうでもいいことには変わり無い。だがいくらどうでも良くても、気分は悪くなるものだ。
 はあ、と隠れて小さなため息をゆきがつくと、それと同時にぶーん、と携帯電話が震えだした。慌ててそれを手にとって、二つ折りの携帯を開く。

『件名:おつかれさま〜。
 本文:
 仕事お疲れさま〜。
 おいらはこれから収録です。
 今日は少し夜早く終るんだけど、
 ちょっと電話してもいい?
真幸』

 その文面を見て、ゆきはきょとん、と目を丸くする。電話なんて初めてではないだろうか、と思ったのだが、それ以前に電話番号教えていただろうか? と。メールは確かに交換したのだが……よく覚えていないので、念のため返事にその旨を書いておく。
 すると一分と経たずに電話番号を書いたメールが届いた。教えて良いと思えたら通知して鳴らして置いてください、と。
 ゆきはくすりと思わず微笑んだ。龍二が言ってきたのは「番号を教えて」ではなくて「教えてよければ通知して鳴らして」なのだ。つまり、教えることに躊躇いがあるなら、非通知でかけてもいいということである。いきなり番号を教えろと言ってこないあたりが、龍二の人の好さをあらわしている気がした。
 ゆきはぱちぱちと携帯電話を弄る。メールを送り、一瞬だけ携帯電話をかけておいた。

「……っていうか、夜って何時ごろだと早いっていうのかなあ」

 それはまだ、ゆきの知らない世界の「常識」かもしれない。





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