星見 占術は陰陽道においても重要な技術のひとつ。かの安倍晴明も占いを能くしたと言われている。が、それが後々まで続くかといえばそうとは限らないのが、現実である。 「………」 『………』 彼の頭上には今日も彼が浮いている。半ば呆れ顔をして。 「…も、だめ…」 『お前…相変わらずだめか……』 「そんなこと言っても…わっかんねぇよ、星なんて見えねぇもん!」 今の時代、はっきりいって星なんてろくに見えない。それでも、成明がいる京都はまだ見えるほうだろう。時代の移り変わりはこういったときには哀しいものである。 …が、彼にとってはそれが理由ではない。 本来星見をするには常日頃から星を見ていなければならない。それ故に陰陽師は見慣れた空を見ているのだからろくに見えない星でも占うことはできる。…はずなのだが、彼にとってはやや違う。 『見えぬわけがないだろうが。このおれにでも見えるのだぞ、お前は本当に陰陽師か!!』 「んなこと言われても、見えないものは見えない!!こんなに雲がかかっててわかるわけねーだろうが!!」 そんな罵倒を繰り広げながらも成明は空を見上げている。『このおれにでも』 と言われても見えないものは見えないのである。成明は星見を特に苦手としていた。 「人には得手不得手ってもんがあるだろーが!俺は星見は苦手なんだよっ!!」 『威張っていえることか!この晴明の子孫が星見が苦手だなどと恥ずかしいことを言うな!!』 「なんだよ、晴明だって苦手なもののひとつくらいあっただろ?!」 『そのようなものはない』 「嘘つけ!陰陽師ったっていろんなことしてたんだぞ、一個くらいあるだろう?!」 少し言葉に詰まったように晴明は溜息をついた。苦手比べなんかしてどうしようというのだ。……とは思うものの。 『苦手なのは…そうだな、漏刻は苦手だ。あんな七面倒なことやってられぬ』 「ほら見ろ!!」 『だが漏刻はおれには関係なかったからな。成明とて必要ないゆえ漏刻のことなど何も知らぬではないか。おれは知識はあったぞ、知識は』 それも当然である。当時は陰陽師が漏刻をし、それで時刻を知らせていたのだ。 だが現代ではどうか。 そんなものは必要がない。普通に人々は時計を使っているし、『標準時間』 というものだってある。つまり時刻は陰陽師の手を借りなくてもすでに記されているのだ。 「それじゃまるで俺が星見の知識がないみたいじゃないか!」 『ほう、あるのか?』 「ち、知識はあるっ!」 『では読めるはずではないのか』 「う………式占盤使って占えばいいだろ!別に星見じゃなくてもいいじゃないかっ!!」 『式占でもかまわぬが、他になにと比較するのだ?』 「う……」 観念して星を見上げるのが得策なのかもしれない。そう思った成明は空を仰ぐ。今日はどちらかと言えば天気が悪いのもあり、星はあまり見えない。それでなくても、なにが吉兆でなにが凶兆かなどわからない。星に関しては本当に素人なのだ。 実際、これまでも基本的に星見をすることはあまりなかった。苦手だというのもわかっていたし、秋陽の先見に頼ることもあったからだ。それ以外には式占を主に使っていた。晴明も得意な。 『おれはたしかに占いを能くすると言われていたようだが、お前のように式占だけでいわれたわけではないぞ』 わずかな溜息とともに、晴明はちろりと成明を見る。晴明の記録として残されているものには必ず書いてある。 『安倍晴明は占いを能くした陰陽師であった』 と。 かといって晴明だって万能ってわけではない。はずしたことももちろんあった。…まぁ、そんなことは晴明は言わないが。 『成明よ、不得手もあってもかまわぬ。星見も一日二日で出来るものではない。常日頃がわかるから変化を認められるもの、これからは毎夜星を見るようにしてみろ。そうすればすこしは動きがわかるというもの、すべては積み重ねぞ』 「う…わかった」 浮遊する晴明とともに、成明は家へ向かった。さすがに父から聞いてすぐ家を出たといっても、その家を出た時点ですでに外は薄暗くなっていた。時刻はすでに夜の10時を回ろうとしている。 「とりあえず今日は帰って寝るよ…もう疲れた」 『そうだな、今日はいつもよりちょっとやることが多かったからな…』 そんなすこし気の抜けた会話をしつつ、二人は自宅へと戻っていく。本当ならば一度実家へと戻って父と対面しなければいけないのだろうが、そんな気力は残っていなかった。成明は浮遊する晴明とともに自分のアパートへと帰っていく。 「疲れた…も…寝る…」 『成明よ、おぬしおれの話を聞いていたのか?日ごろの星を見ろと言っているではないか』 「さっき散々見たよ…」 『お前なぁ……できるだけ常に在るところで見ておくのは基本だぞ。まだ通常の星の位置も知らぬのだから、まめに見るようにしておかねばいつまでたっても見られるようにはなれぬ』 そんな晴明の優しい進言は成明に届くことはなく。うつらうつらとしていたのが、いつのまにか熟睡になっていた。洋服のままベッドに身を投げ出し、そのまま眠りについている。あどけない顔で幸せそうに眠っている。 『まったく、手のかかる子孫だ……』 日が変わり、成明と晴明はもう一度晴明神社へと足を運んだ。呪詛の元凶がわかっていない。それを調べる足がかりは晴明神社しかない。 『成明よ、参拝者の訪れるのはどこが一番多いか』 「え?境内じゃないのか?あそこで賽銭を入れて神頼み、それが普通だろ」 そういって指差し、いまも人が願いをこめている方を見やる。平日の晴明神社はそれほど人は多くない。それでも、やはり観光地となっているのも相まって、数人が必ずいる状態だ。ここに晴明がいるんだけど、願いなんかかなえてくれないぞ、なんて事を思ってしまうのは、いつも晴明と居る成明だからだろう。 もしここに晴明がいるとわかったら、ここに来ている人はどう思うんだろうかなんてことを考えてしまった。 「"霊媒師"とかって噂になったりとか?」 ぼそりとそんなことを行った成明をちらりと晴明が見ていたが、成明はそれに気付いていなかった。 『おい、成明』 「あ?」 『空を見てみろ』 「そら?」 晴明に言われて空を見上げる。天気の良い日だ。太陽の光が少しまぶしいのか、成明は僅かに柳眉を寄せる。 『星だ』 「は?!昼間に?」 『だからおかしいのだ。昼にはそんなに見えるわけもなかろう』 「いや、俺には見えないけど…」 そんなことをぼそっと言ってみた成明だったが、晴明に冷たい視線を送られただけだった。 「で、それは何を示してるんだ?」 『吉兆とは言えぬだろうな』 やっぱりそうだよなぁ、と成明は呟き、再び空を見上げる。すると、黒いもやのかかったような何かが、目前に広がった。 「うわっ!」 目の前に広がった黒いもやは成明に向かってくる。成明は総毛だったが、何も出来ない。だが、そのまま静かに元に戻ってしまった。黒いもやはもう見えない。成明は一瞬の出来事に立ち尽くすのみだった。 『成明?どうした』 (なんだ?晴明には見えないのか?!) 黒いもやは成明に向かってきた。が、それもたった一瞬で消えてしまった。晴明の目に映らなかったものはなんだったんだろう、そんなことを考えていると晴明がすぅ、と降りてきて、成明に視線を合わせる。 『…おぬし、何か見たのか』 「晴明は見えなかったのか?」 『何か嫌な気配は感じたが、何も起きなかった』 「おかしい…なんで晴明に見えなかったのに…?」 『何が見えた。おれは実態を持たぬ、それ故に見えなかった可能性もあるだろう』 「でも、何というわけじゃないんだ。なんか、黒いもやのかかった何かが、俺に向かってきて、そのまま消えた」 そう言うと、晴明は思案顔をして何も言わなくなった。成明はあたりをきょろきょろと見回すが、やはり何もなくなっている。 アレは見間違いか?と思ったが、あまりにも嫌な予感をさせる。背中を冷たい汗が流れる。 『成明、お前、憑かれかかったな』 「え?」 『一応この晴明の子孫だけあって、霊力は高いからなぁ。たしかにこいつに憑いたらそれなりの悪さはできようよ』 「じゃ…なんかの怨霊が俺に憑こうとしたってことか?黒いもやは怨霊だって言うのか?」 そうだ、とにやりと笑って晴明はまた成明の頭上に浮遊した。 『このおれが居るから憑けなかった様だがな』 まるで晴明に感謝しろとでもいっているかのように聞こえて、成明はなんともいえない顔をした。 『お前に憑こうとしたのは今回の呪詛に関わるものだろう。お前に憑けばそいつが呪詛のことを探るのを止めることが出来るからな』 「うわ、迷惑」 『怨霊に取り憑かれそうになるなんて、陰陽師としてどうなんだ、お前』 「そんなん知るか」 言葉尻は軽めではあるものの、晴明は何かを感じ取っている。そう成明は感じてはいるものの、それが何かはわからない。 取り憑こうとしたもの、それはおそらく平家の怨霊であり、今回の呪詛に関わるもの。今回のあの投書に書かれていた言葉を、晴明は思い出す。 『神の御許に舞い降りたる 『神の御許……神…上、か?』 |