2:洞の泉






 暗い、洞窟の中。その洞窟の中には町がある。この辺りでは珍しいものではない。
 洞窟の中のごつごつとした岩肌はわずかに水気を帯びて冷たい空気をもたらす。そこに住まう人々はその水の集まる場所、洞窟の中央の泉に集まり、そこで談笑する。
 それは彼らにとって生活の中の一箇所である。ある人はそこで水を汲み、近くで洗濯をする。ある人はそこでぼんやりと座って誰かを待っている。ある人はそこに明かりを持ち込んで本を読む。彼らの生活は、洞窟内にある自身の住処ともいえる寝床にはなく、その泉の周りが彼らの主な生活場所だった。
 あるとき、穏やかに過ごす彼らにざわめきが起こった。
 泉は常に滾々と水が湧き出ていて枯れることがない。そしてその泉が映し出すのは天井にある岩の壁だけである。そのはずが。
 その日、その泉に映ったのは、丸い月。そしてその周りに侍る輝く星。
 泉にきらめきを見たその人々は、そこにいなかった人たちをも集めてその泉を覗き込んでいる。大人たちは何事かと泉を見つめ、子供たちはその大人の服の裾を掴んで恐々と泉を覗き込もうとしていた。
 泉に、かすかな波紋が起こる。
 洞窟内に、風の吹き抜ける音はない。肌に感じられる風もない。それでも洞窟の中に流れる空気はあるだろう。あるだろうが、泉に波紋を起こすほどの風は、誰にも感じられなかった。巻き起こる波紋を見つめ、洞窟に住まう人々はざわめく声をより高らかにした。

「長老、下がってください。何があるかわからない」
「まだ何も起きておらん。わしが知らずしてどうする」
「でも泉が……!」

 彼らの怖れる声は高まるばかりだった。泉に映った月と星は、その波紋で揺れている。おぼろげになっていくそれは、まるで侵食されていくかのように姿を隠していった。
 月と星がぼやけて見えなくなったとき、泉から淡い光が広がった。その光と同時に泉の中央に何か白いものが浮かび上がるのが見えた。白いものは全く動かない。泉の水に身を委ねて浮かびあがってくるのだが、やはり動く様子はなかった。

「……人だ!」

 誰か一人がそう言った。彼らはじっと息を呑んで見ている。明らかに人である、という形が認められるまでに静かに浮かび上がってきた。けれどその人は動かない。あたりはまたざわめきを増していく。

「死んでる……のか?」
「まだわかんないじゃないか。女の子だよ、助けてあげられないのかい?」
「でもどうして泉から……? まさか泉に沈んでいたとでもいうのか……?」

 生活の基盤とされていた場所から突然現れた白い女。それが何者なのか、疑問に思わずにはいられなかった。
 ざわざわと集まった人々は、泉の中に浮かぶ人の姿を見ている。どうするべきか、と誰も口には出さないけれども誰もが戸惑っていた。
 その中で、一人の男が声をあげる。

「早く引き上げろ! まだ生きていたとしてもあのままじゃ死んじまう!」

 その男の声を合図にしてそこに住まう人々は動き出し、少女を助け始めた。
 泉から引き上げられ、その泉のすぐそばに敷かれた布の上に横たえられた少女は真っ白な肌をしていた。血の気があまりない。けれどわずかにだがゆっくりと胸は上下している。まだ、生きている。そうわかった人たちの行動は、早かった。

「おい、毛布をもっと持ってこい!」
「あと拭くものだよ! タオルをたっぷり持ってきておくれ」

 人々はばたばたと動き出し、その少女を助けるための行動に出る。
 近くに火を焚くと、辺りはオレンジ色の光が差しはじめた。泉から現れた人間が女なだけに、男たちは泉から少女を助けるとそれ以上手を出すことが出来ずにいる。
 女たちが集まって布をかき集め、服の上から少女を拭う。それでも服が水を吸っているため、そのままでは確実に体温を奪ってしまう。大きな布と厚地の毛布に包んで彼らはその少女を見守っていた。
 厚地の布でぐるぐるに巻かれた少女の頬に赤みが取り戻された頃、町の人々はほっと息をつく。助けられて少し経ってから、少女のまぶたがそっと押し上げられた。

「う……ん?」

 眉根を寄せてゆっくりと少女は瞳を開いた。それを見た町の人々はざっと少女の周りに集まり、彼女の上に影を落とす。

「……え?」
「よかった、目が覚めたんだね!」

 安堵した声があちらこちらから上がる。目を覚ました美月は何がなんだかわからず、きょろきょろと辺りを見回した。
 そこは、ほんの少し前までいた『黒』の場所ではなかった。月も星も無いし、水杜の姿もない。だからといって、美月の良く知る自分の家やその近辺の風景でもなく、あるのは重そうな岩の壁と、安心したような顔をしている人々だけだった。

「大丈夫かい?」
「え? あ……あの……?」

 恰幅の良い女性が美月に近づいてそっと暖かいタオルを手渡す。そのタオルを手にすると、指先からじんわりと温まっていくのがわかる。上半身を起こすと、さらに大きなタオルで包まれた。もう大丈夫だよ、と女性がにこりと笑う。

「あの……水杜さん、はいませんか?」

 目覚めたら呼べといわれた。それを思い出した美月はその女性に訊ねた。が、その女性は首をかしげて「みなと?」と訊ね返してきた。

「知り合い……なんですけど」
「悪いけど私は知らないねぇ。誰か、みなとって人、知ってるかい?」

 女性が周りにいる町の人たちに聞くが、誰もが首を傾げてから横に振る。周りに集まった大人たちはほとんどが静かに首を横に振るだけだった。ここの人は誰も水杜という人物を知らないようだ。

「そうですか……」

 美月がうなだれたように呟くと、その女性は申し訳なさそうにした。
 水杜がいないとなればどうすれば良いだろう、そんなことを美月は考えている。目覚めたら呼べ、と言われた。そこから動いてはいけない、と。それがどういうことか理解する前に彼に眠れと言われてふと気付いたら、厚手の布と毛布とタオルでぐるぐるに巻かれていた。もしも水杜がその場にいなかったらどうすれば良いのか、それも聞いていない。眠れ、と言われたあとどうしたのか、美月には全く記憶が無い。美月にしてみたら、もしかしたらあの水杜と会ったことも夢だったのだろうか、と思わえてしまう。
 戸惑いを隠せずに、タオルに顔をうずめている美月に向けて新たな声が上がった。

「俺が知ってるよ」
「え?」

 知っている、という言葉に反応した美月は、声の方に視線を巡らせる。だが、その声の持ち主と視線があったときに、ぴくりと身体を強張らせた。

「ここに来る前に会った。すぐ隣の町にいるはずだぜ」
「本当?」
「ああ。誰かを待ってるって言ってたな。あんたのことじゃないのか? なんだったら俺が連れて行ってやっても良いが」

 にんまりとその男が笑う。美月はぞわりと身体を震わせた。その男が嘘を言う理由は無い。だから疑う理由も無いのだが、何か薄気味悪いその笑顔をした男の言葉が信じられないのだ。

(何か、やな感じがする……)

 水杜と出逢った時にも警戒はしていた。けれど、この男のように嫌な感じは持っていなかった。
 この嫌な感じの答えを、美月は知らない。なぜこの男に嫌な感覚を覚えたのかと聞かれても答えられない。ただ、何か嫌な感覚がして怖いと思えた。
 だが水杜を知っているという人はその男しかいない。ならばその男から話を聞くしかない、と美月は思い切って話してみることにした。

「あの……あなたは?」
「俺は旅の途中でね。ああ、名前は祐理っていう。ここに来るときにみなとってやつとちょっと話をしたんだ」

 にこりと笑っているつもりだろうが、その笑顔がどこか不気味に感じられる。それがなぜかはやはり美月にはわからなかった。信じて良いものかどうか、それを見定める方法もない。祐理という男に抱いた美月の嫌悪感は抜けないどころかより不気味だと感じさせている。彼の見せる笑顔が好意的には見えなかった。
 どうすれば良いだろう、そんなことを考えたときに、少し離れたところから声がした。

「すまない、通してくれないか」

 美月の周りに集まった人垣をかき分けて、一人の男が現れた。
 人垣の向こう側の動きに美月が目を向けると藍色の髪がそこにあった。

「水杜さん!」
「遅くなったな」

 そう言って水杜は片膝を折り、しゃがみこむ。視線の高さを美月に合わせたのだ。
 ほっと息をついた美月は、わずかに頬を紅潮させる。本人が思っていたよりも祐理という男に対して嫌悪感を抱いていたのか、それとも緊張していたのか、どちらかかはわからないが、少なからず安心したと感じていた。

「よかった……見つからなかったらどうしようかと……」
「見つからないなんてことはありえない。俺がお前を見つける。確実にな」

 そう言ってから水杜はかすかに唇の端をあげた。あまり笑っているようには見えないのだが、それが水杜の優しい言葉だということは美月には感じられた。

「なんだい、隣の町にいたんじゃなかったのかい?」

 先ほど美月の傍についていてくれた恰幅の良い女性が祐理に聞いた。
 祐理はおどおどと視線を泳がせて美月たちの方を見ている。女性も責めている、という感じではないのだが、祐理は明らかに困惑の色を見せていた。

「……俺のことか?」
「そう、みたいです。その人が隣町に水杜さんがいた、って言ってて……少し話をしたとか……」

 美月の言葉を聞いてから水杜はちらりと祐理を見る。その視線は鋭く、冷たいものだった。祐理は一歩足を引く。無意識にそうさせたのかもしれない。水杜から視線は外せずに、目を大きく開いたまま足を引いた。美月は怯えた顔をして祐理を見ている。水杜は立ち上がり、その男に近づいた。

「……夜盗は夜出るものであって今時分うろうろするものではないと思うが?」

 ぼそりと小さな声で祐理に言う。その水杜の言葉はあまりに小さく、祐理以外の人間には聞こえていなかった。美月がきょとんとした目で水杜を見上げると、水杜は男から離れて冷たい笑みを浮かべた。

「……っ!」
「みなとっていうのはこの人で間違いないんだね?」

 女性が美月に訊ねると、美月はこくん、と頷いた。なら見つかってよかったね、と女性はにっこりと笑いかける。美月は小さな声で、ありがとうございますと女性に礼を言った。

「お、俺が会ったやつは隣町にいたんだよ」
「別人だった、ってことかねぇ? まあ、同じ名前の人もいるだろうし、人違いだったんだろうねぇ」
「ちっ」

 その女性に言われて祐理という男はむっとした顔で舌打ちをするとその場から離れた。実際、美月にとっては水杜に会えたのだから祐理のことはどうでも良い。
 水杜が現れたおかげで祐理も離れたし、先ほどまで感じていた嫌悪感は薄らいだ。それだけで今の美月には安心するに足るものだった。

「俺のほうが遅くなったな。ある程度目安はつけたんだが」
「あの……?」

 美月が首を傾げて水杜を見るが、水杜はそれには答えず、先ほどの女性の方に視線を投げて問いかけた。

「さっきの男は何者だ?」
「さあ、ここの住人じゃあないことは確かだよ。旅の人じゃよくわからないねぇ。ところで、あんたも旅の人かい?」
「ああ」
「それでその……この子を知っているんだね?」
「……?」

 女性が水杜に訊ねてくる意図がわかりかねているのか、水杜は特に答えることも無くその女性の前に立っていた。相手もまた、困った顔をして水杜を見ている。何か言い難いことを言おうとしているようだった。

「その子は泉から出てきたんだ。どういうことか、知っているかい?」
「……泉から?」

 その女性の言葉に驚いた水杜は美月を見下ろす。確かに美月はずぶ濡れの格好になっている。髪は濡れて乱れ、身体中にタオルやら布やらをぐるぐるに巻かれていた。
 そうか、と水杜は小さく呟いた。美月が泉から現れた、ということに何か思い当たることがあるらしい。
 けれどそれ以上水杜は何も言わない。
 それよりも先に、女性の方が水杜に問いかける言葉を投げつける。

「どういうことか、説明してもらえないかい」
「……悪いが、先を急いでいる。話をしているほど余裕はない」
「でもねぇ……」

 女性がどうしたものか、と振り返る。町の人々もどういうことか知りたいと思うのは当然だった。自分たちの生活の基盤に、突然女が現れたのだから。泉が穢されたのかもしれない、そんな恐怖を感じるのも無理からぬことであった。
 今のところ責める言葉は特に出てこない。けれど、少なからずとげのある表情が、水杜と美月に向けられていた。

「ここの長はいるか」

 軽くため息をついてから水杜が訊ねると、町の人々はきょろりと視線を動かした。一人の老人の所に視線が集まる。好々爺といった雰囲気のある老人が人々には何も言わずに彼らの前に数歩進んで出てきた。
 老人はまっすぐに水杜を見つめ、自分が長だと名乗った。

「故あって説明は出来ない。月が現れた」
「月が……そういうことですか」
「口伝とは少し違っているが、傍に水守がいるせいだ。穢れではない」
「……承知しました。揺籃、その子に着替えを持たせてやりなさい」

 長老がそう言うと、いっせいに町の人々が長老、と呼びはじめる。長老には水杜の短い言葉ですべて理解できたようだった。
 町の人々が説明を求めようとしない長老に詰め寄ろうとしているのは容易に見て取れる。けれど長老は何も言わず、揺籃、と先ほどの女性にもう一度声を掛けた。

「時間がないと言っておられたが、その娘さんを着替えさせる時間ぐらいはあるだろうて。びしょ濡れのまま放り出すのは人道に悖るでな」

 にこりと老人が笑う。揺籃がおいで、と美月を促した。揺籃もまた、問い詰めるということはしたくなかったのだろう。ほっとした顔をして美月を起こしてつれていこうとした。
 美月はどうしたら良いものかと迷ったが、水杜が何も言わなかったのでそのまま揺籃のあとについていった。
 揺籃の家に案内されてしばらく待たされると、布の包みを持って現れた。

「古いので悪いんだけどね。全部買い揃えるよりは良いだろう」

 そう言ってにこにこと笑っていた。包みから出された服はやわらかい色合いをしたものが多い。揺籃が着ているものを見たとおり、着物のような形の服だったが、そこに広げられた服は着物よりも丈はずっと短かった。

「ほら、これを着てごらん。似合うと思うよ」

 渡された服は柔らかな桜色でまとめられた服。けれどどうやって着れば良いものかわからない美月は、それを困った顔をして見ていた。それを見た揺籃は面白げに笑って、おいでと手を引いて衝立の後ろに連れて行った。

「これをこうして……そう。後ろで結ぶんだよ。あとはこれをはいてね。じゃ、ちょっと待ってなよ。さっきの人、連れてきてあげるからね」

 揺籃はそう言って衝立から出て行く。残されていたスカートをはいて、長く伸びる紐を後ろで結わえた。その服は何か不思議な感じがして落ち着かない。着物のような服はもともと美月には馴染みがない。リボンのような紐で服を締めるというのは美月に違和感を与えた。けれど、これがここでの衣装なのだろう、と思えた。先ほどの町の人たちも、水杜も同じように腰に紐を巻いていた。

「大丈夫かい?」
「あ、はい」
「うん、やっぱりこういう明るい色は若い子のが似合うね。おいで、さっきの人、連れてきたから」

 揺籃の手に引かれて、美月は衝立の外に出た。いまいち自分に何が起きているのかは理解できずにいたが、揺籃に問うことは出来なかった。なぜか、聞いてはいけないような気がしていたのだ。無意識下での防衛本能かもしれない。
 手を引かれて外に出ると、そこには憮然とした顔の水杜が腕を組んで立っている。美月を待っていたのだ。

「済んだか」
「はい、多分……」
「あんたいきなりそれはないだろう? 似合うとかそういう言葉はないのかい」

 呆れたように揺籃が言うと、水杜は絶句した。言われた水杜はもちろんだが、そんなことを言い出した揺籃に美月もまた驚いていた。
 水杜は何も言い返さず、その視線を揺籃から美月に戻して、その姿をもう一度眺める。

「似合ってる……と思う」
「え? あ、りがとう、ございます」
「まったく、ずいぶんぶっきらぼうな彼氏だね」
「か、彼氏っ?」

 驚きのあまり美月は素っ頓狂な声を上げたが、水杜は何も言わなかった。思わず頬を染めた美月は俯いてしまう。水杜はいくらか眉を顰めるだけで、それを否定することはなかった。ふと否定しなかったことに気付いた美月は、さらに頬を赤らめたが。

「服の代金は」
「ああいいよ、お古だしね。良かったらこっちも持って行きなさい。古いもので悪いけど、あって困るものじゃないんだろう?」

 にこにこと笑って揺籃は先ほどの包みを丸ごと水杜に渡した。すまない、といって水杜はそれを受け取る。
 それほど大きくは無いものの、二、三着は入っているだろうと思えるその布の包みを水杜は抱えあげた。

「すみません、ありがとうございます」
「良いんだよ、何か事情があるんだろうし。長老はわかってるんだろう。なら、あたしに言うことなんてなんにもないさ」

 ま、あのじーさんが相手でよかったと思ってくれたら嬉しいね、と揺籃が笑う。長老があの人だということを誇りに思っているのだろう。美月はそれを受け止めて、再びありがとうございました、と礼を述べた。

「すぐに行くのかい?」
「ああ」
「そうかい。気をつけて行きなよ、最近は夜盗も出るし物騒だからね」

 長老には挨拶をしてきたと水杜に聞いたので、美月は揺籃に礼を述べ、長老にも礼を伝えてくれと言い残した。
 見送る揺籃に背を向けて、水杜は歩き始める。美月はただ、そのあとについていく。今は、水杜についていくことが一番正しいのだと言い聞かせていた。
 洞窟の町は栄えていた。あの泉の周りにはいくつもの店が構えられていたし、洞窟内の子供たちは元気に走り回っていた。
 そして洞窟の入り口にも、店が構えられている。旅をする人たち向けなのだろう。
 だが水杜はそういった店に見向きもせず、ただその洞窟の町を通り抜けた。洞窟の町を抜けて、外に出る。店や人の姿は、出口に近づくにつれて少なくなっていったが、完全に洞窟を抜け、太陽の光がある場所に辿り着くと、それらはまったく無くなっていた。

「……なに、ここ……」

 愕然と美月は目の前の景色を見回す。そこにあるのは右を見ても左を見ても見渡す限りの山。山だらけのその中で、水杜と美月はその山の間に立っていた。そびえたつ山がこんなにも近いという風景は、美月は見たことがない。色で表すなら、茶色。高い山がそびえ立っているが、どれも緑が乏しい。山というものに持つ美月の印象のどれとも違う。

「ここはお前がいた場所とは違う。しばらくは気になるだろうが、それも慣れてもらうしかない」
「……慣れる、と言われても」

 辺りに広がるのは土色の岩だらけ。陽に焼けているかのように、どこもかしこも土色をしている。赤茶けた山の中で、大地と呼ばれる大きく広がった平地は見つけられない。渇いたものだけが、そこにある。

「今は待て。隣の町で宿を取る」
「……はあ」
「当代の姫は物分りが良くて助かる」
「え?」

 小さく呟くように言った水杜の言葉を聞き逃した美月はもう一度問いかけたが、気にするな、の一言で終わってしまった。美月はそれ以上問いかけることも出来ず、とりあえずは水杜についていくことにした。あの洞窟の町を出て、美月が知る人はこの水杜しかいない。水杜から離れたらどうなるのか……一瞬だけよぎった思考は、美月を震え上がらせることが出来た。





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