転生
そこは静かな屋敷。成明はいやな視線を十分に受けながらその屋敷の奥へと進んでいく。賀茂家は今の時代で考えられないくらいの広さを持っている。それもそのはず、陰陽家としての大家のこの家は今も修験者もいる。…それは成明の土御門家も同様ではあるが…。
成明の家の場合、修験者たちに対峙することがあまりないためそれをあまり知らない。それでも十分ありえないくらいの大家だが…。
「成明、いらっしゃい!」
秋陽のいる場所へと案内された成明と晴明は秋陽の明るさに驚いた。よほど大切な用でもあるのかと思っていたのだが、その心配をよそに、秋陽は明るく二人を迎え入れた。
「お前、今日学校だろ?それなのに呼び出すなんて珍しいな」
「うん、保憲さんがね…。早めに成明に言っておくことがあるんだ。…成明にとって大切なことなんだよ」
それに保憲さんが言ったって言えば親は納得するしね〜、と秋陽は笑う。賀茂家は保憲が秋陽のそばにいることを理解している。秋陽に賀茂家の陰陽家の血が強く宿されているということでありがたがっている始末。
逆に土御門家はといえば、成明の力が晴明を継ぐものと思ってはいるが、晴明が浮遊していることは誰も知らない。幼いころ成明が自分で言ったこともあったがあまり信用されず、今ではそんなことを言うことはなかった。それゆえに、土御門家では晴明がここに存在していることを知るものはいない。
『保憲殿、遅くなり申し訳ございません』
『かまわぬさ、すまぬな、成明』
「別に良いけどさ。なんか大切な話があるんだろ?」
保憲はいくらか神妙な面持ちをしていた。事の重大さをわかっているのだろうか、晴明もまた、保憲と対峙したころには険しい顔つきをしていた。
「あ、いまお茶持ってくるから、ちょっと待っててね」
そう言うと秋陽は部屋をでた。重苦しい空気が室内を漂う。そんなに大変なことでもあったのか、と成明は姿勢を正した。
「で、保憲。俺か晴明に話があるんだろう?まさか用もなくお前が呼び出すとは思えないし……晴明と違ってな」
『成明、どういう意味だ』
「そのまんまの意味だよ」
『おれは用もなくお前を呼び出したりしないぞ』
それはどうかな、と不適な笑みを晴明に向ける。実際のところ、用もなく晴明が呼ぶことはないのだが、事と次第を知らせずに成明を呼ぶことはこれまでもあった。そのいきさつを考えれば、確かに用もなく呼び出された、と思うこともあるかもしれない。
『話は…とても重大な話だ。秋陽が戻るまで待とう』
「はいはい」
晴明と保憲はまた何かを考え込むような顔になっている。原因がわからない成明は静かにその場に座っていた。
「おまたせー!」
秋陽が戻ってくるといくらか空気は軽くなる。だが、それでも二人の顔は暗いままだ。
『…成明、"魂核の流転"を知っているか?』
静かに保憲が話し始めた。いつも頭上で浮遊している二人だが、このときは成明と同じ目線で座った。
「コンカクのルテン…?」
『そうだ。人間の魂魄は常に流転しているのだ。そしてその魂魄を生成する中心…魂核。それがある限り、魂魄は流転する。魂核が破壊されたならば、その魂の生は終わりだ』
「…………」
何を言っているのか良くわからない、という顔をする。成明はおとなしく話を聞いていた。
『"前世"というのはわかるな?』
「前世?それならわかる」
『魂魄の流転は前生、今生、そして来世と呼ばれる…未来のことだが、それが行われている、と言うことだ。"魂核の流転"は魂の生が終わった後、浄化され、新しい魂魄を生成されること。前世のない、新しい魂だ』
新しい魂。すべてを浄化し、転生を新しく始める生。
それが魂核の流転。
「それがどうかしたのか?」
『一応聞いてみるが…成明は前世に自分が何者であったのか、覚えているのか?』
「はぁ?輪廻転生、とかいうやつだろ?普通前世ってのは覚えてないって聞くけど…」
人は前世の記憶をなくして新しく生まれ変わる。前世の生き方で次の生が何になるか変わるとも言われる。前生で悪行を働けば、次の生は畜生道に落ちるとも言われる。が、それは今ではあまり言われない。宗教家ぐらいしかそんな話を納得する人間はいないのではないのかと思われる。
『そうか…やはり、知らぬのだな。晴明、そなたの子孫はなかなか厄介だな』
『どうやらそのようです。泰山府君の命によりこの者の前に姿をあらわすまで…私も知らぬことでした』
『そうであろうな。いくらなんでも遅すぎる転生だからな』
保憲と晴明は二人で会話をするが、その内容が成明に良くわからない。何を言っているのかわからないために成明はいらだち始めている。
「おい、なんだっていうんだ?」
『成明、おれと保憲どのは、お前の前生を知っている。その前生の姿ゆえに泰山府君の命があり、おれはお前の前にいるのだ』
「で?うんちくはあとでいいから、早く言えよ」
『……お前は少しはまじめに人の話を聞けぬのか』
「まどろっこしいのは嫌いなんだよ。それに前がどうだろうと、これから面倒なことがあろうと、俺は"土御門成明"でしかない。違うか?」
『お前のそういうところは晴明に似ておるな』
わずかにため息をついて保憲は言う。
「あんまりうれしくないけどな」
成明はそれに対して苦笑いをする。晴明はこっちの言うせりふだ、とでも言いたそうに見ている。
『成明、お前の前生は、我らが存在したころの帝だ』
「はぁ?!なんだそれ、お前らが存在したころってことは…1000年以上前の話だろうか!!輪廻転生ってそんなに遅いのか?!」
成明の前生は時の帝、天子だと言う。しかもそれは1000年以上前の話だ。歴史で語り継がれている天皇一家のことをさかのぼって調べればその名ぐらいはわかるだろう。
『成明として生まれる前に何があったのかはおれたちにもわからぬのだ。ただ、お前が時の帝の今生の姿、ということしかわからぬ』
「ふうん…で、何がやっかいなんだ」
『先日の"白霧の間"での出来事を覚えているだろう?あの時現れた"平家武士"、あれはお前の命を狙っている』
『やはり、そうでしたか…』
「なんで俺が狙われるんだよ?!」
保憲が言うにはこういうことだ。 当時の京とは、陰陽師は呪い人を殺すこともできる、という世界だ。そして成明の前生の帝は…平家のある武士を呪い殺したことがある。もちろん、その呪いは陰陽師が行ったことだが、帝の命によるもの。平家の者たちも帝の手によるものだと気づいている。
だから、成明が狙われた。
おそらく、成明が晴明の子孫でなければこのような事態も起きなかったかも知れない。もしくは起こっても、知ることなく殺されていただろう。成明が晴明の子孫であること、そして陰陽師としての力を受け継いでいること。それゆえにこの事象が露見されたという。
「俺が…天皇家の人間の生まれ変わり…?」
現代、陰陽家は当時の陰陽師のように有名な者ではない。だが、天皇家など貴人とされるところには時には必要とされることがある。成明は現代でも屈指の陰陽師と言われている。それも手伝ってか、天皇家からの依頼があることもある。その成明が天皇家にかかわりのある人間であったということ、思いもしない現実離れした話に、成明はいくらか当惑していた。
『成明』
晴明が成明に話し掛ける。いつになく険しい表情だった。が、頼りなげな顔を見せる成明を見て、わずかにため息をつく。
『お前がおれの子孫で生まれたことは何かの意味があるのだろう。そしておれがお前の元に遣わされたことにも意味があるのだと思う。すべて、何らかの意味があり行われることだ。お前にこのことを話したのは、先日現れた平家武士のことがあったからだ。もしこのことがなければおれが現れることもなかっただろう。泰山府君は何かを知っている。が、それをおれは知らされていない。それを知る術は今はない。これからおきること…それを見ていくしかないのだ。だからこそ、お前に話した。己の身を守れ、と言うことを告げることしかおれにはできぬのだ』
「晴明……」
『成明、私たちはお前と秋陽を守るために在る。だが、一番その身を守れるのはお前自身なのだ。私が秋陽のそばについているのは、お前のことを知るためでもある。秋陽の先見の力はお前のことを知る力。 秋陽もまた、お前を守る者なのだ』
「……わかった。いや、何がわかったってわけじゃないんだけど。とにかく、あいつらのねらいは俺だって事、それから、俺は天皇家の生まれ変わりだって事。それだけわかれば十分だ。ただ、保憲にひとつ頼みたいことがある」
『なんだ』
「秋陽を守ってくれ。これからも俺が狙われる可能性はあるんだろう?そしてそれを秋陽が見ることができる。そうなったら、相手は予見する力を持っている秋陽が邪魔になるはずだ。だから、保憲は何よりも秋陽を守ってくれ」
わかった。そう保憲は頷く。
「ま、とにかく俺に何ができるかわかんねぇけど、せいぜい生き延びてやるさ。な、晴明」
『ふふん、そう簡単にやられはすまいよ。このおれがついているのだからな』
「ふん、言ってろよ」
じゃれているようにも見えるその光景はいつもの二人のものだった。そしてそれをあきれるように見ている保憲。楽しそうに微笑んでいる秋陽。
こうした時間はどれくらい持つのか。そんなことを晴明はかすかに頭に浮かべていたが、そんなことはどうでも良くなった。
《成明が存在すること、それ以上に必要なことはないのだからな。
どんなことが起きようと、成明がいればどんな時間でも流れるのだ―》
存在すること、それは時間が流れること。存在がなくなれば、成明の時間がとまること。
生まれてきた者の時間を過去が止めてはいけない。
それだけだ。
そう、ただそれだけのこと――
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