13:好みの違い 外は雨が降り続き、夏も近いためにじめじめとした日々が続いている。湿度が高く、気温が高い。最悪な気分をもたらす、梅雨の季節の訪れである。 テレビの天気予報では、お天気お姉さんが梅雨入りの発表がありました、とにこやかに伝えている。どれだけにこやかに言われても、不快なことには変わりない。だからといって、誰に文句を言っても意味はない。 「雨だと傘が邪魔だよねー」 「傘持って歩くのって苦手」 「だよねぇ」 この日は、ゆきはちやと二人で買い物に出てきていた。雨の中、誰が好き好んで買い物に行くのだ、という気分ではあるが、必要なものがあるのだから仕方ない。ゆきの家の電子レンジが寿命を迎えたのだ。 ということで、新しいレンジを買うために、ちやに付き合ってもらって街中に出てきているのである。「付き合ってもらって」というのはいくらか語弊があるかもしれない。ゆきのレンジ購入がメインではあるが、ちやは自分から「一緒に行く」と言い出したのだ。 ちやは電気屋が好きなのである(マッサージチェアに座りたいというわけではない)。 そんな理由で、ゆきは電気屋に行かざるを得なかったのだが、ちやは好きで出てきたのだ。どっちがおまけなのだかよくわからない。 「そういえばゆき、あれから真幸さんと連絡とか取ってるの?」 「は? ああまあ……時々、メールするぐらいは」 「そうなんだ。どっか行ったりは?」 「どっかって、どこ行くの。そういえば、一回だけ仕事帰りに偶然会って、軽く飲んで帰ったけど」 「また偶然か」 うん、とゆきが頷いた。 本当に偶然が多いね、とちやが言う。確かに、ゆきもそう思っていた。始まりはまあ、何にしても偶然と呼べるだろう。それでも、それが何度も重なった。やっぱり出会いはなんだろう、と考えると、居酒屋のトイレというのはなんともいえない気分だが。 雨の日でも、新宿まで出てくると人通りは多い。電気屋近くなんていつだって結構な人がいる。傘をさしているとそれを避けるのも大変だ。 「でもさ、何か面白いよね、そこまで偶然があると」 「確かにね。っていうか漫画みたいだよね、こうも続くとさ。この三ヶ月ぐらいで、何回会ったんだろ」 「で、ゆきはどんな風に思ってるの?」 「何が」 「真幸さん。結構好きな感じじゃない?」 「は!?」 突然のちやの言葉に、ゆきが目を丸くした。そして目を丸くしたゆきを見て、ちやもまた目を丸くした。なんて顔をするんだ、と。そこまで驚くようなことを言っただろうか。そんな記憶はないぞ、とちやは今の会話を思い返していた。 「またいきなりおかしなこと言って……べつにそんなんじゃないよ、まあ、やっぱりプロだよね、声がすごく通るし、いい声だとは思うけど」 「まあ、その辺は好みもあると思うけどね……」 「そりゃね。楠原さんも声は通るけど、ちょっと違うしなあ。瀬田さんもいい声だとは思うけど」 「ゆき的には、真幸さんの声が一番好みだったってことか」 「それはまあ、否定しないけど。それ以外は何もないよ」 というよりも、それ以外に何があるのだ、という顔をしてゆきはちやを見る。ちやはふぅん、と頷くだけだ。それ以上何かを言ってくるわけでもないので、ゆきも追求はしないけれども。 人通りの多い場所を抜け、店の中に入っても人は多い。それを避けつつ、ゆきとちやは買い物をしていた。色とりどり、値段も安めのものから「絶対買えない!」というような高いものまでずらりと並んだオーブンレンジを見て、どれにしようか、と選んでいる。 しばらくそうして話しながら選び、これにしようと決めてオーブンレンジを購入し、目的は果たした、と彼女たちは売り場を移った。 ゆきとちや、どちらかというとちやの方だが、彼女たちは電気店が基本的に好きなので、うろうろと何の気なしに歩いている。何を買おうという目的があるわけではないのだが。 「あ、そうだ、CD見て行っていい?」 「いいよー」 ふたりがエスカレーターを降りて、CDなどの売り場にいくと、人の数がまた増えた。年齢層が幅広い。中高生ぐらいならばCD店に行くのだろうが、電気店で買っていく人もいないわけではない。家族連れならなおのこと。 「……ゆき、あれ、あれ!」 「え、何?」 CDの売り場には、当然のようにDVDも陳列されている。映画、ライブ、お笑い、アニメ、などなどなど。そしてそういう売り場によくあるのが、テレビである。音楽のみならず、映画、お笑い、アニメ、どんなものにでも大抵ある『プロモーション・ビデオ』を流すためにあるものだ。 そしてこの店にもそれは間違いなく置いてあり…… 「ま、真幸さんだ!」 「だよね、そうだよね。となりは瀬田さんだよねっ」 「うわー……すごい、テレビに映ってるよ、真幸さんと瀬田さん……」 「……有名人なんだよねえ」 「うん、本当に……有名人なんだねえ」 ぽかんとしてゆきとちやがテレビを見ている。映像は、何かのアニメの一場面。場面がぱっと変わって、龍二と玲が対談しているような光景が映っている。ゆきとちやが知っている二人よりも、いくらかきりっとした顔をしている。撮影でやはり少し気が張っているのだろうか。 そんなことを考えつつ、テレビに映る『芸能人』を見ている。ささやかながら聞こえてくる声は、龍二と玲のものに間違いない。 「あ、マサさんだー!」 「瀬田さんもいるーっ」 ゆきとちやがぼんやりとそのテレビを見ていると、女の子が二人、こそこそと話しながらテレビに近づいてきた。どうやら、龍二と玲のファンらしい。が、その女の子たちは高校生か大学生ぐらい、そして画面にはアニメーション。そりゃあ、こそりとするのもムリはない。 「マサさんかっこいい〜」 「カッコいいよねぇ。でも瀬田さんもいいよね、かわいい感じで」 「うんうん。ね、コレ買った?」 「もちろん、予約したよー」 そんな彼女たちの会話を聞きながら、ゆきとちやは目を合わせる。知っている人間がこうまで褒めちぎられてると、なんとなく嬉しいものだ。二人はくすりと笑って、またテレビ画面に視線を戻した。 『えーっと、ファンの皆さんにひとこと、ということなんですが。玲くん、どうぞ』 『え、ぼくから? えーっと、なんでか敵役の人と一緒にこうしているわけですが、敵役といっても、憎めないひとですから、真幸くんは』 『いや、敵役オレ? キャラじゃなくて?』 『うん、どっちでもいいんだけどね』 『えぇ!?』 『あはは。まあ、そんな感じで映像美と、彼らの迷いながら歩いていく道を、一緒に見てもらえたらいいな、と思います。ね』 『そうですねー、まあ、皆さんが楽しんでもらえて、それで反響があればね。続きも出ると思いますので、ぜひ皆さんの力でまた演じさせてもらいたいな、と。ストーリーは間違いなく面白いですから!』 『ソンはさせません! 多分!』 『多分ついちゃダメじゃん!』 和気藹々とした雰囲気の対談の映像が区切られ、またアニメーションの画面に変わる。そしてフェイドアウト。画面が真っ黒になり、少しして砂嵐。しばらくすると、また最初から同じものが始まるのかもしれない。 女の子二人は、嬉しそうにその場を離れて行った。思わぬところで二人の映像を見た、と喜んで。 「行こうか」 「うん、そうだね。っていうか、なんか真幸さんも瀬田さんも雰囲気が少し違った?」 「まあ、仕事中だからじゃないの? いやでも、やっぱり真幸さんっていい声だった……どのキャラクターかわかんないけど、アニメの映像のときに声聞こえたよね」 「うん、聞こえた。瀬田さんもかっこいい感じだったよ」 「そうなの? 瀬田さんのわかんなかった」 「……さすがゆきセンサー」 「何?」 「いいえ、何でも」 かすかに笑うちやを見て、ゆきは何だよー、と言う。けれどちやはさすがに言わなかった。すでに真幸さんのことしか見てないじゃん、とは。 そうこうしながら店を出るときに、ゆきが突然携帯電話を手にした。着信があるようだ。 「ちょっとごめん」 「どうぞー」 「真幸さんだ」 「え」 「もしもし?」 外は雨なので、電話をしながら外に出るわけにもいかず、ゆきとちやは店の入り口の端に避ける。ぽつぽつと雨宿りしているひともいるが、それと似たような状態だ。手に傘は持っているけれども。 『あ、ゆきちゃん? こんにちは』 「どうも、こんにちは。っていうか、どうしたんですか、突然」 『いや、なんとなく?』 「そ、そうですか。あれ、今日はお仕事じゃないんですか?」 『うん、今日は久々のオフなんだ。何してるかなー、と思って』 「今はちやと買い物に出てますよー」 ゆきがそういうと、ちやが私? という顔をしてゆきを見ている。ゆきはうん、と笑って頷いた。電話で話している相手が龍二だということはゆきが電話に出る直前に言ったからわかっている。もちろん電話中なので、ちやはおとなしくしていたが。 『あ、そうなんだ。ごめんね、邪魔しちゃった?』 「いえ、別に。今買い物終わってお店出るところですし」 『そうなの? ところで買い物って、どこにいるの?』 「新宿の電気屋さんですよ」 『そうなんだ。雨だし大変じゃない?』 「まあ、人は多いですしねー」 外から見れば、ゆきの言葉しか聞こえないので電話の内容などわかりようがないが、とりあえずゆきの表情はにこにこしている。傍から見ているちやは、ご機嫌だなあ、などと思いながら、ゆきの様子を見ていた。 といっても、まじまじと見るわけにもいかないので、時折ちらりと見る程度だが。 「え? いいですよ、別に」 突然声音が変わったゆきに驚いて、ちやがゆきの顔をみる。さっきまでにこにこだった顔が、驚いた顔に変わっていた。 「そんな、悪いですし……え、でも……じゃあ……はい。わかりました。はい」 驚いた顔をしたあと、複雑な表情をしたまま、ゆきが電話を切った。ちやは首を傾げてゆきを見る。電話の内容などわからないから、どうかしたのか、という顔だ。 電話を切ったゆきは、うー、と唸っている。 「ど、どしたの?」 「なんか、真幸さんが合流しようって」 「は?」 「今日はオフだとかで、のんびりしてたんだって。で、ドライブがてら出るから、一緒にご飯でもって」 「…………はあ」 「だから、近くなったら連絡するから、どこかでのんびりしててって……」 「なるほど」 断りきれなかったために、ゆきが複雑な顔をしているのだ。 ゆきは性格上、『お迎え』みたいなことはとっても苦手だった。誰かと呑みにいって送ってもらう、というのも苦手である。その相手の帰路が心配になってしまうから。むしろ自分が送っていくと言いだすタイプなのである。相手が男性であろうとも。 自分のために、相手の時間を使わせることが苦手なのだ。しかも、元々予定を立てていたわけじゃないから、なおさら。 「良かったじゃん。一緒にご飯してきたらいいよ」 「は?」 「あ、でも真幸さん来るまでは付き合うよ。一人で時間潰すのつまんないでしょ」 「え、何それ、どういう意味?」 突然のちやの言葉に、今度はゆきが目を丸くした。一体ちやは何を言い出すのか、と。まさかちやが帰るなどと言い出すとは露ほども思っていなかったのだ。 「どうも何も、せっかくだから、デートでもしてくればいいじゃん」 「はあ!? 何ソレ、私置いてく気!? っていうか、真幸さん、ちやも一緒にって言ってたし!」 「だから何! やだよ、邪魔する気ないし」 「邪魔って何!」 何とかして引きとめようとしているゆきを見ると、ちやもついつい、「じゃあ付き合うよ」と言ってしまいそうになる。それも悪くはないとは思う。龍二もちやも一緒にと言ってくれているらしいから。 けれど、ちやは今回は引かなかった。 なぜか? それは、今回が『偶然』ではないから。 「だって、真幸さんドライブでしょ? そこに女二人はおかしいでしょー」 「な、なんでよ。別にドライブするわけじゃないし、ドライブがてら出てくるだけだし」 「でもさ、せっかく会えるんだしさ。あんな忙しそうな人が休みの日にせっかく会おうって言ってくれてるんだし、そういう機会は大切にしときなよ」 「そういう機会って……べつにそんなんじゃないし」 「でも、ゆきは結構真幸さんの声好きでしょ?」 「そりゃまあ……」 言葉を濁しつつも、ゆきはちやの言葉に頷く。それはちやの言葉に『声』という言葉が入っていたから。たしかに、龍二の声は、好きだ。なんとなく癒されるし。おっとりした気分になれるし。 それに少し前にそう言ったのは確かに自分だったから、頷かないわけにはいかない。 「ってことで、せっかく休みなんだし、いい声聞いて癒されておいでよ。ちなみに私は真幸さんの声好きだけど、瀬田さんの声のが好みだから」 「は!?」 「いやー、さっきは面白かったねー。さっきのプロモ見てるとき、ゆき、真幸さんの声しか耳に入ってないんだもん。ま、私は瀬田さんのが耳に入ってきたけどね」 「ちょ、え、どういうこと?」 「どうもこうも、私としてはゆきが真幸さんといい感じになるといいなーって」 にっこりとちやが笑った。それは確かに、ちやの本心。 いい感じになるといいな、というそれは確かに本当で、そして実際、そういう雰囲気があるとちやは思っている。龍二がどういうつもりかはわからない。そしてゆきがそれを認めないのはわかっている。ゆきとは長い付き合いだ。他人のことには敏いのだけれど、自分のことにはとっても鈍いことは十分に承知している。 あんまり言うと、ゆきはそんなんじゃないと言い張るのもわかっているから、あまり言わないのだけれど。 今回ばかりは、少しでも自覚を持ってもらいたい。せっかく『偶然』じゃなくて二人が会うことができるのだ。毎度毎度偶然に助けられて、そのままご縁がなくなりました、なんてあったらもったいない。 「何それ、そんなんじゃないってば」 「それはわかってるって。でもさ、せっかく知り合いになったんだし。というか、いつまでもここにいるのもなんだし、どっか喫茶店入ろうよ。喉渇いたしさ」 ちやのその言葉を合図に、ゆきとちやは傘をさして雨の街へ出ていった。もちろんその道すがら、ゆきはちやにほんとに帰るの? と言い続けていたけれども。 「お待たせーって、あれ、ちやちゃんはいないんだ?」 「あ、その、それが……さっき帰っちゃって」 「そうなんだ。用事でもあったのかな」 「まあ……そんなところです」 龍二が店に現れたときには、ちやの姿は店内にはなかった。当然、近くに来た龍二がゆきに電話をしてきてからいなくなったので、本当についさっき帰ったのである。ゆきの説得も、今日のちやには通用しなかった。 最終的には少しゆきがキレ状態に入っていた。それでも、ちやは折れなかったのだ。龍二が来るほんの少し前に、ちやからのメールが入っている。 『ごめんね。でもせっかくの機会なんだから楽しんできてね。偶然がなかったら縁がなくなっちゃうなんて、もったいないからね』と。 それを見てから、ゆきは申し訳ない気持ちになってしまっていた。なんとか引きとめようとして、それでも受け入れてくれないちやに対して、少し怒っていた。ちやは別に用事があるわけじゃないのだからそんなに急いで帰る必要なんてないし、『そういう』意味で会わせようとしているのが、イヤだったからだ。 けれど、もしこうしてちやに連絡をして、ちやに会いに来る人がいたとしたら? 自分は、どうするだろう、と考えたのだ。おそらく、ゆきも帰るだろう。ちやが懇願しても、一緒に行かないと言い張るだろう。仲良くしてきなよ、といって自分も帰るだろう。 それを考えたら、ちやに対して怒るのはおかしい。いくらお互い顔見知りだといっても、ちやと龍二は一度しか会ったことはない。どちらかといえば、自分の知り合いで、彼が連絡をとってきたのは自分なのだ。ちやが帰るといっても、仕方ないことなのだ。 「どうしたの、なんか元気ない?」 「いえ、そんなことないですけど……ちょっと、ちやと言いあっちゃって」 「そうなの? 喧嘩?」 「んー、というか、私が一方的に怒っちゃった、というか……」 「そっか……じゃあ、帰る? ちやちゃんところに送っていこうか」 龍二が優しくそう言ってくれるのを聞いて、送ってもらうのは置いておいて、帰ったほうがいいだろうか、と考えた。けれど、それもちやに何か言われそうな気がする。そう思ったゆきは迷ってしまったのだ。 「それか、電話かメールだけでもいれておいたら? よくわかんないけど……」 「……そうですね。メールだけ、ちょっといいですか?」 「うん、どうぞ」 そう言って龍二はゆきの向かいに座った。店員が近づいてきて、飲み物をオーダーする。その間、ゆきはメールを打った。ごめんね、と。夜にでも連絡するから、と。 そうしたら、すぐにちやからは返信が来た。 『夜にメールしてる暇があるなら、夜まで真幸さんと楽しんでこーい! 真幸さんによろしくって言っといてね』と。 思わずぷっと吹き出したゆきに龍二が目をきょとんと丸くした。 さっきまで、ちやと喧嘩したことが気になっているのか、ひどく沈んだ顔をしていたのに、突然笑顔を見せたからだ。 「どうかした?」 「ううん、なんでもないです」 「ちやちゃんから返信きたの? 大丈夫?」 「はい。真幸さんによろしくって」 「あ、こちらこそよろしくって伝えておいて。なんかもしかして、オレ邪魔しちゃった?」 「うーん、そうかも?」 「え、ホント!?」 「嘘です、嘘。大丈夫です、ちやとは年中会ってるから」 慌てふためいた龍二に、ゆきは笑っていった。そう、ちやとは年中会っている。だから、大丈夫。ちやのメールは、そう確信できるだけの内容だから。 確かに。 龍二と会うのは偶然ばかりで、予定を立ててあったのなんて、一度だけ。なんだかご縁は色々あるけれど、このまま縁がなくなる可能性だってあるのだ。連絡をとらなければ、それで終わり。それが普通。 偶然ばかりがあったから、これまで縁は続いてきた。けれど、偶然がなくなったら? 終わりにするのは、なんだって簡単だ。続けるのは難しいことが多くても。そして終わりを選ぶ必要はどこにもない。 「でも本当に大丈夫? なんか悪いことしちゃったなあ」 「うーん、でも帰るっていったのはちやだし、気にしないで下さい。気にされたらちやも気にしますから。というか、真幸さん、せっかくのお休みなのに、なんか悪いことしちゃいましたね」 「なんで? オレがゆきちゃんと話したかっただけだし、ゆきちゃんのせいじゃないよ」 さらりと言った龍二の言葉に、ゆきが思わず絶句した。 なんだか、この間もおんなじようなことを言われた気がする、と思いつつ、ゆきの顔はわずかに火照っていた。 けれどまたしても、龍二は自分の言葉が与えた威力にはまったく気づく様子はない。それもまた、龍二はずっと気づかないのだろう。本心からするりと出た言葉は、あまりに自然すぎて本人にとって違和感がないから。 「じゃあ、どうしようか。せっかくだから、雨だけど少しドライブでもする? オレ、運転うまくないけど」 「…………それ、ドライブに誘いながらいう言葉でしたっけ」 「あはは、あんまり言わないよね。でもほら、一応先に白状しておこうかなーって」 「そういうものですか……? あ、でも私、運転どころかエンジンのかけかたもわからないから、そういうのは言わなければわからなかったかも」 「……エンジンのかけかたぐらいは、わかるでしょ」 「わかりませんけど?」 にっこり、とゆきは笑った。マジだ。 「……じゃ、軽くドライブでもして電話で言ったとおりご飯でもしようか」 思わず龍二が流したのは、仕方ないことだ。 |